R2, 小学生にとって詩とは?「森をかけ抜ける」

現在、小中学校で、詩はどのように扱われているのでしょうか。二人の孫が低学年のとき、毎日のように「音読を聞いて」と言って教科書をぼくの前で音読しました。その中には必ず詩もありました。しかし、「詩をつくる」ということは、これまで一度もありません。多分、そういう時間や指導はないのかもしれません。学校や先生によって違うのかもしれません。次の詩は倉敷にいる4年生のgrandsonが学校で書いたものです。

森をかけぬける

がっさがっさ
とかけ抜ける
ダッシュだ
ダッシュだ
かけ抜ける
ちょとつもうしん
かけ抜ける
ビュンビュン
ビュンビュン
かけ抜ける
今ぼくは嵐になる

素晴らしい詩で驚きました。詩とは単なる言葉ではなく、空白の空間に絵と言葉で思いや感情を埋める作業なのです。リズム、テンポ、言葉の繰り返し、山から駆け下りて来るイノシシの勢い、急斜面の詩、空白・・・画面全体で表現しています。先生はどんな指導をされたのか知りたい。単なる言葉として詩を教えておられないのかもしれません。今の子供たちにとって、きっと絵と詩は一体なのかもしれません。

島根県文芸協会では毎年「しまね文芸」でジュニアーの詩を募集しています。一昨年、ある中学校から90篇の詩がきました。原稿用紙ではなく、A4の紙に自由に書かれていました。選考しながら感慨がありました。募集要項には「原稿用紙2枚以内」と規定してありましたが、そんな言葉は死語ではないか、と思ったのです。上記の詩を見たとき、そのことが立証された気がしました。昔ながらの詩の概念では、もう古いのです。以前、小学校で詩の講師をしたことがあります。昔通りの指導では、子供たちの新しい芽を殺すことになる可能性があります。
写真はgranddaughterが保育園で描いて、老人の日に贈ってくれたものです。豊ですね。あふれています。描かれた二人も若くて満面の笑顔。現実を豊かに反映しています(文学芸術は現実そのものの表現ではないー誰の言葉だ!)
(ブログ 詩の散歩道 詩作品紹介 子供の詩  20200510洲浜)

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