島根の現代詩の状況

日本詩人クラブが発行している雑誌『詩学』の編集部から依頼されて平成16年に島根県の現代詩の状況を書きました。整理のため、そして何かの役に立つこともあるかもしれないと考え紹介します。   

 

地域別現代詩の状況
           島 根 県
洲 浜 昌 三
島根県は東西に長い。山口県境にある西の津和野から鳥取県境にある安来市まで約200キロ。汽車で4時間はかかる。
島根県民歌の中に、「九十万の県民の…」とあるが、これは昭和30年代のことで、いまは75万余、65歳以上の老年人口比率は26%で全国一。代表的な過疎県である。貧しい暮らしの中で子供を立派に教育して都会へ送り出し、自ら疲弊していく人材供給県である。
中国山脈を背にして、日本海沿いに伸びるこの細長い県は地理的文化的に、出雲、石見、隠岐と三つに分けられる。

 出雲地方は平野が多く豊かで歴史の懐も深い。石見地方は山と海に挟まれて平地が少なく貧しい。言葉も全く違う。純粋な出雲の「ズーズー弁」は石見人には全く分からない。石見弁は歯切れがよく山口、広島弁に近い。気質も異なる。田村のり子は、「出雲石見地方詩史五十年」(第六回日本詩人クラブ賞受賞)の中で次のように書いている。

「出雲人と石見人の本質的な相違は、日常生活をおおう出雲の閉鎖性に対する石見の開放性であろう。石見の人たちはその日常生活において既にはっきりと発言し、またいくらか短絡的と思えるほど行動に転化するエネルギーを持っている。」
県の文化振興課が観光目的で島根県文芸協会(俳句、短歌、川柳、詩、散文の連合組織)の協力のもとに発行している「しまね文学マップ」では、次のような人物を代表的な「しまねゆかりの文学者」として載せている。
隠岐ー後鳥羽院。出雲ー小泉八雲、千家元麿、伊原青々園、大谷繞石、原石鼎。石見ー柿本人麻呂、森鴎外、島村抱月、中村吉蔵、天野雉彦、田畑修一郎。
またその「文学マップ」では次のように県内の詩の流れを端的に俯瞰している。

「森鴎外を中心とする訳詩集『於母面』(明治22年)は本格的な新体詩を生む契機となり、近代詩の源流ともなった。しかし島根県内に新体詩人として名をあげた人は見られない。進取の石見・穏和な出雲そのままの文学風土を反映し、大正の石見からはダダ詩人松本淳三が、昭和の出雲からは安部宙之介が出た。千家元麿は大社出自、現代詩の第一人者入沢康夫は松江生まれ。以上いずれも東京が活動拠点で、島根は人材供給県の感がある。だが、県内でも大正中期から脈々と口語自由詩の隆盛は続き、現在『山陰詩人』『石見詩人』『光年』等に拠る詩人たちの活発な活動が行われている。」

県全体の紹介が長くなったが、現在における島根の現代詩の状況に目を移してみたい。
1972年(昭和47年)に島根県詩人連合が誕生した。そのことは島根にとって大きな展開であった。それから32年が過ぎた。その間、詩人個々には発展や変化はいろいろあったに違いない。しかし県全体の動きを見たとき、何か変化や発展があっただろうか、と長い時間に思いを馳せると、そこには平坦な一本道しか見えてこない。

詩にまつわる論争があったか。詩を書く人が増えたか。同人誌が増えたか。廃刊した同人誌があったか。県内の詩の潮流に変化があったか。
あるとすればここ数年「詩の朗読」を通して一般の人にも詩の魅力をアピールしようとする動きが出てきたこと、「詩を街へ」という理念で島根県詩人連合が「島根の風物詩」を刊行したこと、「中・四国詩人会」が誕生して、交流が増えたこと、鳥取県との交流が増えつつあることだろう。
昭和47年に、隠岐で発行されていた「潮鳴」が6号で終刊となり、翌年松江の「擬態」が5号で終わった。
それ以来県内の詩の同人誌は前記の3誌だけである。10年に一誌くらい新しい同人誌が出てくるのが自然ではないかと思うが出てこない。

『山陰詩人』は昭和37年に安部宙之介等を顧問に松田勇、帆村荘児等を中心に松江市で創刊、47年からは田村のり子が編集・発行責任者となり、一度も狂うことなく季刊を守り、159号を最近発行した。田村は詩の批評や評論にも長け、現代詩に対するアンテナも高く、同人誌の質を高めることに意を注ぐ。定期的に合評会を開いて「合評記」を載せ、入沢康夫の読書会を開いて誌面に掲載するなど意欲的である。編集同人の川辺真をはじめ32名の同人がいるが、実績のある県外の詩人も9名加入している。最近の同人誌名簿から列挙すると、まきまさみ、新井啓子、渡辺兼直、雲嶋幸夫、永富衛、はじめ司、陶浪善通、真田かずこ、成田公一。県内の詩人では、井下和夫、佐々木道子、山田きぬえ、小村淳、槇原茂、内田健司、金山紀久九重、金子豊、畑正人、中村暁美などが個性的な詩を書いている。この同人誌が発足以来、新旧同人を含め60冊以上の詩集などが出版されていて大きな実績を残している。
創刊者の松田勇は現在同人ではないが、終戦直後から詩にかかわり、高齢ながら今でも自己を厳しく見つめた作品を発表している。


『石見詩人』は1956年(昭和31年)益田市でキムラフジオを中心に創刊、41年に高田頼昌に編集発行をバトンタッチし、113号に達している。  高田は郷土の小説家・田畑修一郎の顕彰にも尽力している。 県外の詩人は稲葉綾子(北海道)、鑢迫静子(会津若松)、吉永裕美子(熊本)の3人。益田市や浜田市の在住詩人が中心で、最近の傾向としては意識が詩誌内にとどまっている感は否めない。その中で87歳を越えた肥後敏雄は詩の個人通信を発行するなど詩精神あふれる旺盛な詩作を続け、『すてむ』の同人で5冊の詩集がある閤田真太郎の重厚な作品、古恵強の独特な感性から生まれる詩や内田健司の死を見つめた散文詩など個性的な詩人もいる。その他の同人は高田節子、熊谷泰治、山崎正勝、椋木哲男、金山清、有川照子、栗田好子、竹内智恵美、中村正雄、柳楽恒子、吉岡久美子、洲浜昌三など。

最も詩歴が長く島根の重鎮で、日本現代詩文庫(土曜美術出版販売)から『岡崎澄衛詩集』が出ている岡崎は92歳を越す高齢だが、平成14年には第3歌集『三里ケ浜』を出版し健在である。生家の近くの三里ケ浜には日本海の荒波を背にして岡崎の詩碑も建っている。岩手医学専門学校時代に森荘己池と交流があり、宮沢賢治に共鳴し、軍医として戦争の残酷さを体験、医者として数多くの命を見つめてきた岡崎の詩は、深い人間愛に根ざしている。4冊の詩集の内『わが鳶色の瞳は』はH氏賞候補にもなり高く評価された。。現在も石見詩人同人で詩作は途絶えているが残した業績と影響は大きい。

『光年』は1956年(昭和31年)出雲市で創刊され、123号になる。創刊時の中心メンバーは喜夛行二、原宏一、田中瑩一などで、その後,吉田靖治、葉紀甫、結城司郎なども参加し多くの同人がいたが、10余年後から、喜夛、原、田中、吉田の4人体制が続いた。詩に対する純粋な姿勢を堅持し、地方の詩誌としては意識の高い作品を発表し、中央からは注目されることが多かったが、団体に属することを嫌い、島根県詩人連合には加入しなかった。葉は入沢康夫と松江高校時代の友人で、他界するまで交友があった。『葉紀甫漢詩詞集』は平成5年に第31回歴程賞を受賞した。
現在の『光年』で創立当時から残って健筆を振るっているのは吉田晴治である。編集は交替制。15年にひらがな詩集「あるとき」を出した周藤靖雄、小説も書く錦織雅紘、その他に桑原文次郎、坂口簾、岸慧末子、星野さなえ、加藤一恵、江口勝子などが同人である。

詩誌に属さない詩人では昭和59年に「朽ちゆく花々」で小熊秀雄賞を受賞した大社生まれの故大谷従二、遺稿詩集「山陰沖」で生活者漁師の視点で個性的な詩を書いた隠岐出身の櫻井清一がいる。石見方言の詩集「ひゃこる」などがある原 敏、9冊のレベルの高い詩集を持つ津和野在住の中村満子は県内では3人しかいない日本現代詩人会の会員。山陰詩人同人だった石木十土には『工場』などの優れた詩集がある。『未必の故意』などヒューマンな詩集を持つ関本大喜は松江、日本詩人クラブ会員の土井正義は出雲、寡作だが隠岐には横田龍一が健在である。


島根県詩人連合の主な活動について記しておこう。理事が9名、理事長は洲浜、事務局長は川辺真。会報を発行し、毎年『島根年刊詩集』を刊行、31集まで出した。詩人連合は他の4分野と共に島根文芸協会を結成し県の文化振興課の支援を受けて「島根県民芸術文化祭」(十五年度より島根県民文化祭に改称)を開催している。5分野が交替で担当し講師を招き講演会を一般に公開する。最近の詩の講師は入沢康夫、中村不二夫、島田陽子などで、前夜祭、詩の分科会などを通して交遊を深め学ぶ。他の行事としては、各分野ごとに作品を公募し入選作品を『島根文芸』に載せ、既に36号の歴史を重ねている。上位入選作品は山陰中央新報にも最近は掲載される。詩では毎年30~40名の応募者がある。表彰式後は連合の選者や会員と共に合評会を開いている。

過去のことになるが「詩を街へ」と願い、平成6年には連合で『島根の風物詩』を刊行した。また10年には田村のり子著『島根の詩人たち』の刊行をバックアップした。

詩の活性化に役立つことがあれば、今後もいい企画を考えていきたい。詩を身内だけの自己満足に閉じ込めておきたくない。閉塞的な組織は自滅するのが歴史の示すところであり、詩には本来、人の魂をゆすぶる生命力があるはずである。中央にだけ意識が向いていれば、地域では立ち枯れ状態になるのが見えている。

詩の朗読会が始まっているのは最近の特徴であろう。
浜田市では閤田真太郎、熊谷泰治、山城健、洲濱秀子、柳楽恒子などを中心に「裏日本ポエムの会」を作り、市民にも呼びかけて自作詩を持ち寄り、朗読会を開いている。益田市では山崎正勝、中村正雄を中心に図書館の後援を受け、詩の朗読に琵琶演奏者の共演など魅力ある会を開き、5回目を終えた。大田市の劇研「空」(代表洲浜)では地域の歴史上の人物などを叙事詩にしたり招待した詩人の朗読を一般市民に公開している。こういう活動は、詩を堕落させるものだ、という声もあるが、石見にこのような動きが活発なのは形式にこだわらない「進取の石見」を反映しているのかも知れない。

現代詩とは異なるが浜田市では山城健を事務局長に石見詩人同人が中心になって、児童の詩や俳句短歌などを公募して選をし毎年『石見のうた』を刊行、既に38集になる。益田市では、初代詩人連合理事長の原 敏が教育現場とタイアップして児童詩『蟻』を発刊し、平成13年に廃刊するまで79号つづいた。これらは正に無償の行為である。

個人詩集や評論については平成14年から16年に発行されたものだけを列挙しておこう。
栗田好子『透きとおったときよ』、井下和夫『地球の時間』、田村奈津子『楽園』、中村満子『苦笑の頷き』、すとうやすお『あるとき』、渡部兼直『失われし女を求めて』。田村のり子、評論集『入沢康夫を松江でよむ』。土井正義、詩画集『出雲路から』
第7回中原中也賞を詩集『びるま』で受賞した日和聡子は東京在住だが島根県邑智町(合併後は三郷町)の出身である。

注:この原稿は平成15年12月に脱稿したものです。その時点での島根の全般的な詩の現状を偏りがないように紹介しました。できるだけ広く取り上げようとしたために一般的な紹介になっているのは止むをえません。詩界では現在も各県の状況を掲載しています。

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