「詩集や本の紹介・感想」カテゴリーアーカイブ

H27 井上嘉明第10詩集『宙吊り』書評

鳥取の井上嘉明さんが9月5日、第10詩集を発行されました。発行所は詩誌「菱」の会(鳥取市立川町4-207-1 小寺方)定価1500円。11月3日の山陰中央新報文化欄で書評を書きましたので紹介します。

H27 井上嘉明詩集「宙吊り」
書評
 井上嘉明著 詩集『宙づり』     日常の具体から詩の秘境へ                        洲 浜 昌 三

今回の詩集は著者の第十詩集になる。コンスタントにほぼ5,6年の間隔で作品をまとめ、詩集として世に問うところにも著者の詩に対する真摯な姿勢が感じられる。

第一詩集が出たのは1963年。詩集の題名だけでも著者の詩に対する姿勢や立ち位置が見えてきそうだ。
『星座の逃走』『疾走の森』『半透明な島』『汽水域』『漏刻』『おりかえしの狩猟』『後方の椅子』『地軸に向かって』『封じ込めの水』

日常の具象を詩の素材にし、ことばを知的思索の壺で発酵純化しながら、抽象や無意識の世界へ感性の触手を伸ばして詩の秘境を探ろうとする著者の詩は、クラシカルで静的な詩という印象が強い。
しかし、今回の詩集の題名、『宙づり』は一見静的でありながら、いつ墜落するか分からない動的な緊張と恐怖を秘めている。吊っているのは誰か、釣られているのは何か。本のタイトルにもなった三連からなる詩を紹介しよう。

「たれさがった蜘蛛の糸に/枯葉が一枚/宙づりになっている/糸に付着した露の小粒に/朝のひかりがあたる/ゆれうごくものに/停止した時間が宿るのだ//囚われの葉は/風もないのに/仕掛け時計の人形のように/くるくると 右に左に小さく回り続ける/やがて 糸の水分が蒸発すると/もとの一本のしなやかな意志に戻る//上澄みの空気を/ひとり占めにし/鳥たちを/わがふところに遊ばせていた木々/蜘蛛は無実の葉を/絞首刑にしているつもり/なのかもしれない」

無駄のない簡潔なことばで描写された蜘蛛の糸と木の葉の光景は、光と影、静と動の対比も鮮やかで一幅の絵のように印象に残る。しかし読み進むうちに、「糸と葉」は抽象に昇華され恐ろしい存在が覗いてくる。鳥たちを遊ばせた木の葉は、罪もないのに絞首刑になろうとしている。思わず我が身を重ね不安を感じる。同時に「絞首刑にしているつもり/なのかもしれない」という表現に遊び心やユーモアも浮かび上がってきて心が和む。ことばを厳選し磨き上げて巧みに配列し、微妙な「ゆらぎ」を生み出す著者の繊細な感性がなせる技である。

「あとがき」にもあるように、著者が一貫して詩で問いかけてきたのは「生と死、存在と時間」の問題である。しかしこの哲学的、抽象的で難解な問題を作者は具体を通して平易なことばで表現しようとしてきた。引用した「宙づり」はその好例である。ことばは平易である。しかし具体を踏み台にして高くジャンプした先に生まれる詩の世界は決して平易ではない。ここに井上詩の奥深さがあり読む楽しさとともに詩文学としてのカタリシスがある。

今回の詩集では死に関連した作品も多いが、身体やことばなど日常的な物を素材にして生まれた温か味のある詩も多い。更に東南アジア、アフリカ、モンゴルなど異文化の地で触発されて生まれた詩も大変面白かった。(日本詩人クラブ会員)

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邑南町品川始さん、シベリア抑留記『凍った大地に』出版

2015年7月に『凍った大地に』がハーベスト出版から発行されました。著者は島根県邑智郡邑南町上亀谷にお住まいの品川 始さん。1923年のお生まれです。本屋さんへ行ったら積んでありましたので購入し、一気に読みました。過酷なシベリヤでの強制労働のことがリアルに描かれています。品川さんは、絵が特意だったので、シベリヤの収容所でも白樺の皮に、ふる里の風景や知人の絵を描いて慰めにしていたそうです。

品川始著「凍った大地に」

本の表紙も品川さんが描かれたものです。文中にもたくさん絵があります。収容所でも新聞の発行やポスターなどで絵を描く必要があり、頼まれて何度も描いたそうです。「芸が身を助く」とはこのことかもしれません。それによって未知の人との交流が生まれ信頼され活動域が広がっていきます。

3年前に田所へ帰って、公民館へ入ったとき、品川さんのシベリア体験記や絵の展示があり、じっくり見て回ったことがあります。新聞にも大きく取り上げられ、切り抜いて保存しています。

今回刊行された本を読むと、品川さんの謙虚で誠実で、実直に黙々と実行される姿が浮かんできます。零下40度、食べるものもほとんどない地獄のような大地で生き延びてこられたのは、その実直な行動力だったのかも知れません。現地のロシア人との心温まる交流も品川さんの人柄が信頼されてのことだと思えます。

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下亀谷は我がふるさとです。写真は上亀谷方面から下亀谷方面をパチリとしたものです。一本道が村を貫いています。右側の石見瓦の家は谷田屋、その背後は上新谷屋、焼けた植田屋は道の向こうに家が見える辺りです。「はじめさん」という名前だけは、子どもの時から、父や母から聞いていましたが、お会いしたことはありません。感想を書いて送ったのですが、「植田屋の三男坊です」と書いておきました。ぼくのことはご存知ないでしょうが、「植田屋」といえばよくご存知のはずです。

貴重な記録を残していただいき、ありがとうございました。

H27 米子の詩人・渡部兼直さん 『全詩集Ⅰ・Ⅱ』刊行

鳥取県米子の詩人・渡部兼直さんが「全詩集」2巻を刊行されました。出版社は「編集工房ノア」。1冊が700ページを越える分厚い詩集です。シンプルで品があります。今までにもたくさんの詩集があり、総てではありませんが、書棚にある詩集に集まってもらいました。美事な顔ぶれですね。

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渡部さんは「山陰詩人」の同人でもあり、中四国詩人会でもよく一緒になります。早稲田の文学部国文科の卒業で、9年の差を挟んで、同じキャンパスを歩いていたことになります。国文専攻なのに、プレヴェルのフランス語の訳詩もあります。英語も堪能です。

全詩集に挟まれた栞には、現代詩人の大家・入沢康夫さんの素敵な紹介があります。冒頭を少し紹介してみましょう。

「渡部兼直氏の詩はどれをとって見ても、一分の隙もないほど美事に練り上げられた、しかも常に洒脱味を欠かさない、二重底・三重底の奥行きを持った作品ばかりで、私は読む度に感嘆を久しくる。
いたるところに、古今東西の文化への照応と連想の仕掛けがあって、作者の教養・知見の広さ・深さを痛感させられる。(以下略)」

DSC06579                      (後左 兼直さん、川辺さん、田中さん、前左、洲浜くん、入沢さん、田村さん)

実に適切な指摘ですね。
全詩集を読むと、松江や出雲、大社、三瓶などを素材にした作品にもたくさん出会います。参考までに、たまたま開いた143ページの「出雲のオクニ」の冒頭三連を紹介しましょう。ユーモアがあり、飛躍があり、意表をつくことばが俳諧のように飄々と飾りもなく素っ裸で出て来て、実に楽しい。

「出雲のオクニ」

出雲のオクニと呼ばれた
おんな
桃山時代にひらいた
桃の花

まぶし
出雲のオクニ
桃山のモンロウ

やまたのおろちと呼ばれた
大蛇
いい女に会えば
すなわち
ひと飲みにした
(略)

巨像の爪だけを紹介した程度ですが、兼直さんは、少なくなっていく「詩人らしい詩人」の一人です。じっくり味わいたいと思っています。

H26 『石見詩人』133号の詩とエッセイ

石見詩人133号は2014、12、25、発行されました。現在は年2回発行になっています。134号の〆切は平成27、5、20です。133号に乗せた詩とエッセイを紹介します。

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まぶしく悲しい「里の秋」
洲 浜 昌 三
夕闇の空に
ひときわ高く浮かぶ峰のように
鮮やかになっていく風景がある

磨かれた講堂の舞台に立って
小学校一年生のあなたが歌っている

しずかなしずかな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ かあさんと ただ二人
栗の実煮てます いろりばた ※

美しい声が講堂に流れ
一年生のぼくも茣蓙(ござ)に座って聞いている

敗戦直後のくすんだ生活のなかで
別世界のように浮かび上がってくる明るい光景
そこに立つ白いドレスのあなたは今もまぶしく
口ずさむと悲しさが胸に滲んでくる

軍歌を高唱していた少年のぼくが
こんなに淋しい歌に出会ったのは初めてだった

日本が戦争に敗れた時 外地には民間人や軍人
が六百六十万人残された この歌は外地引揚者
を励ますためにつくられ ラジオで初めて流さ
れた時 NΗKスタッフ全員がシーンとなった
という

海の彼方の遠い異国にいる父を
母と二人で待っている歌だと知ったのは
六十年以上もたった先日のことである

※ 童謡「里の秋」作詞・斎藤信夫 作曲・海沼実

H26 随筆 「どうしてますか 」石見詩人133号上下2段3ページ_

『石見詩人』の発行所は698-0004 益田市東町17-15 (編集者・高田賴昌)です。詩やエッセイが好きな人、大歓迎です。高田さんへ連絡してください。0856-22-7156です。

『石見詩人』132号のエッセイ紹介

島根県の益田市で発行されている『石見詩人』は、1956年(昭和31年)にキムラ フジオさんによって創刊された詩誌。高齢化の波は避けられず、同人も少なくなったが、主宰する高田賴昌さんはがんばっていい詩誌をつくりたいといっている。往時は季刊だったが、現在は年2回の発行になっている。

石見詩人132号

作品は少ないが、個性のある詩が載っている。岩石さんは島根にいたときは同人だったが、広島で長い間働き、数年前に子どもが住んでいる神戸へ移った。沈むかもしれないが船に乗らないか、と誘いを掛けたら乗ってくれた。宮川さんは益田の出身で、神戸に在住。不思議な縁から島根文芸の詩の応募を薦めたら金賞を受賞。受賞式で初めてお会いした。石見詩人へ誘ったという次第。二人とも貴重な同人である。
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ぼくは、「詩だけでなく、エッセイも充実したらどうか」と提案した手前、132号へ3ページのエッセイを書いた。詩に関するエッセイは書きたいことがあり、詩を書くよりもはるかに楽な気持ちで書けるのがいい。

2014、5 エッセイ「詩がいつの間にか外にある」石見詩人132号上下2段3ページ

吉田晴治さん最後の詩集『樹は』

吉田晴治さんは島根の詩誌『光年』の同人でしたが、2014年9月21日他界されました。79歳でした。前日に詩集の校正をされたそうです。その詩集の編集は『光年』の田中瑩一さんに依頼され、12月に発行されました。『樹は』は第三詩集です。

生前にお会いしたことはないのですが、詩に対して厳しく誠実な人だったことが詩集から伝わってきます。いくつかの詩は、ある覚悟をして書かれたのでしょう、不安や怖れが語句や行間から空気のように立ち昇ってきて、厳粛な気持ちにさせられます。「真実の言葉をいかにして紡ぎ出すかを考えて来ました」とあとがきにあるように、数少ない真の意味での詩人でした。

詩集の表紙と一篇の詩を紹介しましょう。

H26 吉田晴司詩集「樹は」

詩集の中から「さくら」という詩を紹介します。

さくら(1)(184ページ)

わたしは どこへいくのか

三日のあいだ花のもとに坐り
花を見上げ 空を見上げ
月を見上げ
花のもとに笑ってみた
艶やかで強靱な幹のもとに
眠ってみた
仰向けに寝そべって
見上げた花もある
娘十八 番茶も出花…
これは鼻うただったのだが

今朝からの風向きが怖い
池の波も荒くなった

凄まじいあらしだ
野良犬までも逃げて行く
わたしは立ちあがる
からだが震える
三日のあいだよ さようなら
三日の花よ さようなら

わたしは
これからどこへ行くのか
わたしは どこへ

 

夏には『光年』で特集が組まれる予定だそうです。お礼の手紙を田中さんへ出しましたが、特集に寄稿を依頼されています。11月20日付けの山陰中央新報の文化欄に、岩田英作さんが、「出雲の自然から真実紡ぐ」というタイトルで、詩集と吉田さんを紹介しています。

次々と先輩詩人を失うのは、実に淋しいことです。

「樹は」と言いかけて、次の言葉を問いかけられたまま、明確な言葉が見つからず、永遠に捜す課題を、吉田さんから与えられた気がします。樹は・・・・・?・・・。

わたしは
これからどこへ行くのか
わたしは どこへ

痛切に言葉が迫ってきます。3行の短い言葉に「わたしは」と二度も出て来ます。問いかけられたら、どう答えればいいのでしょう。

 

 

 

 

H26 14回中四国詩人賞、御庄さん高田千壽さんへ

2014年の中四国詩人賞選考委員会が平成26年7月5日、岡山県国際センターで開かれ第14回詩人賞に御庄博実さんの詩集『川岸の道』(思潮社)と高田千壽さんの詩集『冬に』(本多企画)に決まりました。13詩集が対象でした。選考委員は川辺真、くにさだきみ、田尻文子、橋本果枝、扶川茂のみなさんでした。選考結果は午後の理事会に報告され承認されました。

受賞式は9月27日に尾道で開かれた総会で行われましたが、残念ながらすはまくんは「しまね文芸フェスタ2014」の前夜祭とぶつかり、出席できませんでした。中四国詩人会ニューズレター36号から二人の詩人を紹介します。

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御庄博実氏は、1925年3月5日山口県生まれ、〒731-0154広島市安佐南区上安1-21-51に在住。 岡山大学医学部卒業、広島共立病院名誉院長、日本現代詩人会員等、「火皿」等同人、中四国詩人会長2期4年。詩集に『岩国組曲』(文芸旬報)、『御庄博実詩集』(思潮社)等多数あり、他に石川逸子氏との合同詩集がある。

被爆地・広島から歴史の証言者として発信し続けてこられた御庄さんの詩魂が、東日本大震災による被災地の惨状や原発事故による放射能汚染の恐怖に共振して結実した作品など、重層的な告発の詩句がしっかりと立ち上がってくる詩集である」

この詩集をいただいたとき、礼状へこんなことを書きました。「~いつも変わらぬ冷静な科学者の目、そしてその奥に脈々と流れるヒューマンな心の温かさ、そして長いスパンで見通される歴史の目、心、知性・・・身を正しながら拝読させていただきました」

誠に誠に残念ながら、御庄先生は1月18日89歳で他界されました。昨年末にいただいた最後の詩集『燕の歌』をそのうちここで紹介します。

「高田千尋氏は、1948年3月15日倉敷市生まれ、〒712-8011倉敷市連島町連島983に在住。立命館大学卒業、前岡山県詩人会長、日本現代詩人会員、日本詩人クラブ会員等、「黄薔薇」等同人。詩集に『夕映えの川』(手帖舎)、『お母さんは二人』(青樹社)等多数ある。

視線が届く範囲のあらゆるものたちに心の声を掛けることで反射してくる、様々な生の不可思議や感動、悲しみを、慈愛の瞳と掌で受けとめた作品たちは互いに響き合い、魅力的な詩集となった」(以上ニューズレター36号より、選考委員長 川辺真)

高田千壽さんの「冬に」を贈っていただいて読んだとき、不思議な感覚に襲われました。そしてこんな事を書き添えました。「平田オリザさんの劇を『静かな劇』ということもありますが、この詩集の第一印象は『ああ、静かだな』ということです。人間が余分なことをしたり考えたりしなければ、在るものはすべて静かに存在しているのかも知れませんね。自己主張こそ存在意義-という時代にあって、高田さんの詩は、物足りない気はするものの、とても大きな主張をしている気がします。とても貴重です~」

二人の詩人の詩を読みたい人は次をどうぞ。さらに読みたい人は出版社か高田さんの場合は本人へ問い合わせてください。
14回中四国詩人賞 御庄・高田さんの詩

H26,11 『山陰詩人』200号記念特集号発行

2014年11月15日、『山陰詩人』が発行されました。78ページ、200号記念特集号です。特集としての企画は、同人の既刊詩集から数編を選んで掲載したことや、同人からのメッセージです。
H26 「山陰詩人」200号
過去の詩集から本人が自分の詩を自選するというのも面白い試みです。一度詩集になったり、同人誌に載ったら、二度とその詩は誰にも読まれないという場合が多いものです。それだけ詩に期待されていないともいえます。

しかし、時代に埋没せず普遍性があるいい詩は、多くの人に読んで欲しいものです。その努力を編集者や詩人は忘れています。そういう意味で、意義のある企画だと思いました。

(劇研空では、いつか「朗読を楽しむ」で「島根の名詩特集」をやってみたいと思っています。過去のいい詩を選んで朗読、冊子にしてまとめたい)

「山陰詩人」は1962年(昭和37)に創刊されました。松田勇さん、帆村荘児さんが中心でした。残念ながら2人とも故人になられました。

昭和42年に田村のり子さんが編集者になりました。まだ若かったのですが力量を評価されてのことです。45年間、最後まで季刊を厳守、批評眼や発言力もある名編集者で、195号まで180余冊発行されました。いろいろな事情から編集を下り、196号からは川辺真、岩田英作さんが編集を担当して200号に至りました。

196号には田村さんの「今こそ世代交代のとき」と川辺さんの「山陰を愛する心を育む」が載っています。編集者の考えがよく出ていて面白く読みました。

200号の目次です。

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島根で発行されている詩誌は他に『光年』(昭和37年創刊)があり、147号まで発行されています。『石見詩人』(昭和31年創刊)は昨年秋に133号が発行されました。この号数を見ると、『山陰詩人』がいかに確実に発行されてきたかよく分かります。

読みたい人は県内の図書館にもあります。どうぞ手にとってみてください。
発行所:692-0014 安来市飯島町1842 山陰詩人グループ 川辺 真

H27 『郷土石見』40周年記念97号発行

2015年1月1日付けで、『郷土石見』97号が発行されました。創立40周年記念号です。創刊の時から石見の錚錚たる歴史研究家や愛好家が執筆してこられましたが、一度も廃刊の危機を迎えることもなく定期刊行を厳守して来られました。

各号とも郷土の歴史の発掘や、紹介、研究、随筆など、とても充実しています。千部以上発行されていると聞いたことがありますが、石見だけでなく大阪、東京などにも愛読者や執筆者がおられます。経費負担なしで原稿を掲載してくれる雑誌などちょっとそんじょそこらにはありません。会長はじめ編集者の識見の高さや経営の手腕など敬服します。
H26 「郷土石見」97号

目次だけでも紹介しましょう。
DSC06266読みにくいですね。何となくわかるけど、見ていると目がふらふらしてくる。

ぼくは創刊号から愛読していますが、創刊は昭和51年2月です。会長の原 龍雄先生が「創刊のことば」を書いておられます。その中に、「石見の地は古来幾多の偉大な先哲を輩出しています。文化的にも中世、近世を通じて決して後進地ではなかった。しかしそうした貴重な遺産も高度経済成長とその逆流として過疎化の渦の中にいま埋没しようとしているかに見える。今こそ「郷土石見」の心を再発見しなければならぬ時です」と書いておられます。

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更に、次のようにつづけておられます。「学問に王道はない。いかに高名で権威のある人が到達したものでも、新たな角度から見直すならば、その人が到達することができなかった境地にたつことができる。それほど、後世のひとはおそるべき力をもつものである

正にそうですね。工藤忠孝先生が編集後記を書いておられます。みな見識のある地道で誠実な歴史の研究者でした。
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石見のことを書く時には、この本を読むと大変助かります。節目毎にバックナンバーの項目をまとめておられるので、とても便利です。97号でも「人麻呂」「鴎外」「抱月」「石見銀山」「わが町」などとテーマ毎にバックナンバーの論文やエッセイがまとめてあります。ちょこっと本棚を覗いてパチッとしてみましょう。・・・・パチッ!

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スハマクンは創刊号からの熱心な愛読者ですが、一字も書いていません。声を掛けられたことがありましたが、歴史の素養もない素人が書いて、本の価値を落としてはいけないと思ったことと、文芸雑誌ではないので、詩や小説、戯曲は対象外だと思って遠慮していました。しかし郷土の歴史を素材にした詩や戯曲は意味があるのではないかと、ある時、ふと思ったことがあり、そのうちいつか…いつか、いつかな?いつかわかりませぬが初登場するかもしれません。なにしろ読者が多く信頼がある本です。1200円です。興味がある人はどうぞ。
石見郷土研究懇話会事務局 :697-0034 浜田市相生町2139-15 児島俊平方
tell 0855-22-2567

 

 

 

 

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H26 「島根文芸」42号 12回県民文化祭文芸作品集

2014年度の県民文化祭文芸部門の行事は終わりました。今年度は川柳部門が担当で竹治会長を中心に大田での文芸フェスタを行いました。また短歌、俳句、川柳、詩、散文を公募し、入選作品と選評、招待作品を掲載した「島根文芸」42号が刊行されました。この本は千円で、希望者は購入することができます。表紙を紹介します。立派な本です。
H26 「島根文芸」

12月14日に松江で表彰式が行われました。表紙の写真は海士町後鳥羽院資料館にある後鳥羽天皇像です。今までの表紙には、小泉八雲、森鴎外、柿本人麻呂の表紙もありました。島根は中央から遠い僻地ですが、文学では日本を代表する人物がいるのですね。こうして表紙になると、改めて島根を見直します。来年は誰でしょう。

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上の写真は詩部門の入賞者へ賞状授与が行われているところです。表彰式のあとは各部門に分かれて入賞作品の合評会が開かれました。

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詩の応募作品は年々減っています。ぜひ多くの人に参加して頂きたいものです。小中学生の場合は自分から応募することはまずありません。学校の先生や親、地域の指導者の声掛けや指導によって応募することがほとんどです。

その点では、学校で読み聞かせをしておられる出雲市の金築雨学さんの指導は大変参考になります。今年も一年間指導されて、冊子にまとめられた作品集を送っていただきましたが、感服しました。

今年度は詩の選考を川辺、有原、洲浜の三人で行いました。選評も書きましたので参考までに紹介します。どんな批評をしているか関心があれば開いてみてください。

H26 選評 「島根文芸」2014 詩部門

来年度(2015、平成27)は詩部門が担当です。文芸フェスタでは詩の講師を呼ばなければいけません。目下、念願の大詩人に当たっています。ほぼ実現しそうです。名前を聞いたら、行きたい!という人がたくさんいることでしょう。楽しみです。会場は松江の県民会館の予定です。