「中四国詩人会」カテゴリーアーカイブ

H31,豊田和司詩集『あんぱん』第18回中四国詩人賞

9月29日、岡山の「ピュアリティまきび」で中四国詩人会大会が開かれ、中四国詩人賞の授賞式が行われました、選考委員長のくにさださんから、選考経過が発表され、岡隆夫会長から賞状と副賞が渡されました。豊田さんは広島市在住で『火皿』『折々の』同人。ヒマラヤ・アイランドピーク登頂経歴もある日本山岳会会員で山男です。詩集の帯には、「遅れて来た文学おじさんの第一詩集」と松尾静明さんが紹介しておられます。

詩集冒頭の『アンパン』を紹介しましょう。

あんぱん   豊田和司
げんばくがおちたつぎのひ
あてもなくまちをあるきつづけた
きがつくといつのまにか しらないおんなのこがついてくる

あっちへいけ!
おいはらっても
おいはらっても おんなのこはついてくる

ていぼうにこしをおろして
ひとつだけもっていたあんぱんをたべた
おんなのこもとなりにすわって あしをぶらぶらさせていた

くすのきのねもとで
よるはのじゅくした
おんなのこもすこしはなれて
ごろりとよこになった

よくあさめがさめると
おんなのこはつめたくなっていて
なにごともなかったかのように
ぼくはまたあるきはじめた……

いまでもときどきおんなのこは
ゆめのなかであしをぶらぶらさせて
あんぱんをわけてやるのは いまこのときだとおもって……

いつも
なきなから
めがさめる

会報によれば、豊田さんは1959年生まれ、上智大学文学部新聞学科卒とある。戦後生まれで直接原爆の経験はない。しかし同じ広島に生まれ、生き、意識には深く原爆のことが根を下ろしている。「あっちへいけ」と追い払うのだがついてくる。おんなのこのそばで、一人であんぱんを食べる。他者の空腹や不幸を目にしても何もしない、できない人間のエゴ。それでもおんなのこはついてくる。そしてある朝、冷たくなっている。でも何事もなかったように歩きはじめる。しかし意識の底で罪悪感は根を張っていく。なにかしなければ、と、思いだけが深まっていくが、何もできない。
     平易なひらがな表現で、情景が浮かぶようにイメージや情感が豊かに書かれていますが、鋭い批判が滲み出てきて胸に刺さります。

     この詩集には、様々な素材の詩があります。「山や自然、社会性、生活、ことばあそび、一族の系譜、と多方面にわたる詩の群れがあり、そのいずれもどこか気がきいていて、洒落ていて、頷かせる」(選考委員、川野圭子)
 この岡山の大会には、都合がつかず参加できませんでしたが、「中四国詩人会ニューズレター 」44号を参考にしました。
       この号では、岡隆夫会長が第50回日本詩人クラブ賞を、第21詩集『馬ぁ出せぃ』(砂子屋書房)で受賞され、2017年4月8日に授賞式があったたことも紹介しています。この詩集もとてもいい詩集で、ぼくも自信をもって推薦しました。ここで紹介しようと思いながら、時間が過ぎていきます。
     (ブログ 詩に散歩道 中四国詩人会 20190626suhama)
















H29,第17回中四国詩人賞 吉田博子詩集「母樹」

2017年度の中四国詩人賞は倉敷市、吉田博子さんの詩集「母樹」(2016思潮社刊)に決まり、9月30日、徳島大会の総会で表彰式が行われました。
選考理由について「ニューズレター」から選考委員の感想の一部を紹介してみます。
選考委員長の長津さんは、「自分の言葉で語り豊かな愛の眼差しにあふれている詩集」と端的、的確に評しています。「作者の切実な思いがストレートに伝わり心に強く響いた。~小さなもの弱いものに視点を当て、健気に生きようとする姿に自分を重ねてエールを送っている。その姿に共感した」(重光さん)「地上にあるすべてのいのちに注ぐ、大きな愛を感じる。書かざるをえなかった作者の強い想いが、自然体で書かれた言葉によって、まっすぐに伝わってくる」(壺阪さん)。吉田さんの詩の特徴がよく表現されています。

一篇だけ短い詩を紹介します。吉田さんの優しい眼差しや、包むような大きな愛が感じられます。

「守る」(吉田博子詩集「母樹」より)

虞美人草の茎が
ぐぐっと伸びた
それを
長い葉が
いくまいも巻いている
抱きしめるように
中にはかたく丸い蕾があった
母が子をいつまでも慈しむように
守る ということは
こういうことなんだ と
大切に包むこと
心をそぉっと
身体をまるごと
いのちを包む
生きているかぎり
子を守る
玉のように抱いて

( 写真は、詩集「母樹」から詩を朗読される吉田博子さん)
吉田さんは1943年の生まれで、詩歴が長いだけではなく旺盛な執筆活動をしてこられました。この詩集は第11詩集です。詩画集や詩選集、エッセイ集もあります。第一詩集は「花を持つ私」ですが、なんと!倉敷青陵高校二年の時の刊行です!序文を国語教師であった井奥行彦さんが書いておられます。井奥さんは伝統のある同人誌「火片」の主宰者で詩の大先輩です。さらに講師で来られた詩人、永瀬清子氏に出会って「黄薔薇」の同人になり、吉田さんは、現在もそこで活躍しておられます。詩活動が盛んな岡山で、優れた詩人に出会って大きな影響を受けてこられたのでしょう。

写真は、書棚にある吉田さんの詩集の一部ですが、表紙も色彩にあふれとても豊かなものが伝わってきます。ぼくは「コールサック」70号に、詩画集「聖火を翳して」の書評を頼まれて書いたことがありますが、絵も詩もとても豊かな詩画集でした。忘れてはいけないのは、悲しみや苦しみを体験し、それを昇華して生まれた豊かさだということです。

長年の真摯な詩活動の中で生まれた一冊の詩集が、このように評価されたことはうれしいことです。(ブログ 詩の散歩道 中四国詩人会 すはま)

H29 第17回中四国詩人会・徳島大会(9/30)

今年は9月30日、13時から徳島市の阿波観光ホテルで開催されます。総会後に中四国詩人賞表彰(吉田博子さんの「母樹」が決定)の表彰と吉田さんによる詩の朗読があります。

各県代表詩人による自作詩朗読では、島根からはスハマクンが石見銀山を素材にした「玄関口に処刑場がある」を朗読します。如何にすれば歴史的なことを詩にできるか。数年前から挑戦中です。7月の理事会では他県の予定候補名も出ましたが、最終的にどうなったかまだ聞いていません。

講演の講師は藤本ひかりさん。演題は「父・野上彰の詩と人生」です。実行委員長は牧野美佳さん、事務局長は山本泰生さん。島根では松江と大田で⒉回開催しましたが、事前の準備に時間と手間がかかります。徳島へは一度車で行きましたが、遠い、というのが実感です。今回は汽車ですが、大田駅朝6時18分発!それでも遅刻です。(写真は徳島観光ガイドより 眉山より徳島市内眺望 ブログ 詩の散歩道 すはま)

H28 中四国詩人会 米子大会案内 です(10/1)

今年の大会は米子市の「ワシントンホテルプラザ」で開催されます。13時から総会、その後中四国詩人賞表彰式(広島の咲 まりあさん受賞)、各県代表の自作詩朗読とつづき、15時から記念講演です。
H28 中四国詩人米子大会

演題は「生田春月への旅ーその生涯を掘り起こす」。講師は鳥取短大非常勤講師・上田京子先生です。春月を長年研究してこられ、『生田春月への旅』という著書も今井出版から出ています。ニューズレター18号(発行者 秋吉 康会長)からちょっと拝借させていただきます。

生田春月 (2)

現地の実行委員会事務局長は森田薫さんです。お世話になります。宿泊申込みはワシントンホテルプラザ(0859-31-9111)へどうぞ。割引があります。16時40分からは懇親会もあります。島根は閤田真太郎さんが詩を朗読、すはまくんは詩人賞選考経過を報告します。どうぞ誘い合わせて参加してください。(ブログ 詩の散歩道 SS)

以下20161115記:

大会は成功裏におわりました。上田京子さんの『生田春月への旅』を購入し帰って一気に読みました。とても素晴らしい評伝です。時代が遠くなって忘れられたことがほとんどですが、日本文学の中で残した素晴らしい業績は再評価される必要があると思いました。
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帯に島根大学の武田信昭教授が高く評価して書いておられます。紹介します。
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今後の研究の基礎になる貴重な資料が紹介されています。索引もついていてとてもありがたい。資料に語らせる謙虚な書き方は誠実な筆者の人柄を表しています。上田さんも含め、二次会でみなさんといろいろ話して楽しい時間を過ごしました。

中四国詩人賞受賞の写真を紹介しましょう。会長の秋吉さんが咲 まりあさんへ表彰状を渡している場面です。川辺さんは当日の司会の重責を務めました。
dsc07454選評はすはまくんが発表しました。懇親会も和やかに進み、アッという間に終わりました。大会を運営された森田さんはじめ、米子みなさん、ありがとうございました。おつかれさまでした。

H28,第16回中四国詩人賞 咲 まりあ詩集『わたしの季節』

今年度の選考委員会は、7月2日10時から岡山国際交流センターで開かれました。事前に送付された詩集は6冊。最初に各委員が6詩集について率直な感想や意見を述べ意見を交換しました。
最終的に3詩集にしぼって選考するために、1回目の投票では1人3冊を推薦。『わたしの季節を』は全員が推薦しました。他の3詩集が同数だったため再度投票。さらに再投票して3詩集にしぼり、最後は各自の持ち点(3,2,1点)で投票しました。選考委員は5名(岩﨑ゆきひろ、萱野笛子、木村太刀子、洲浜昌三、牧野美佳、選考委員長に洲浜を互選)

『わたしの季節を」咲 まりあ

『わたしの季節を』は、自己を誠実に見つめて生まれる悩みや挫折等を通して、自己発見や自分探しの過程や世界が、無駄のない絶妙な言葉で表現されています。イメージも鮮明で表現に切れ味があり、単純に見えて重層的な裏があり奥の深い詩がたくさんあります。10月1日の中四国詩会、米子大会で表彰式があります。次は冒頭の詩と詩集最後の詩です。

詩 咲まりあ

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詩集は三宝社(広島市東区3-12-9、℡ 082-899-4317)から出版され1500円。咲さんは同人誌『折々の』の同人で広島市南区大洲にお住まいです。この同人誌は松尾靜明さんが発行者で、同人の八木真央さんは今年度の福田正夫賞を受賞しておられます。八木さんの詩も強く印象に残っています。おめでとうございます。

H27 第15回中四国詩人会山口大会い in湯田温泉

10月3日中四国詩人会大会が湯田温泉の「西の雅常磐」で開催されました。共催は日本現代詩人会、後援は山口市、山口文化協会、山口県詩人懇話会。車で出かけたのですが、予定より時間がかかり、30分くらい遅れて着きましたので、主な議事は終わっていました。他界された御庄博実さんへの黙祷や詩人賞表彰、会計報告、事業計画などが審議されました。
DSC06857(左は宿泊したホテル(観光シーズンでしたのでホテルはどこも満室、やっと見つけたこのホテルは宿泊費は倍!右側が大会会場の西の雅常磐)

各県詩人の朗読では、高知の山本衛さん、香川の宮本光さん、岡山のかわかみよしこさん、島根の洲浜昌三くん、広島の一瀉千里さん、山口の野村忠司さん。(野村さんは後で話して分かったのですが、意欲的に朗読会を開催しておられ、益田の鎌手出身だと聞いて話しが弾みました)

司会を担当した川辺さんから、何でもいいので朗読前に即席で話しをして欲しいといわれ、みなさがとても参考になる話されました。いい試みでした。詩に対する考えが聞けて親しみが生まれてきます。

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アーサー・ビナードさんの講演の題名は「もしも、詩があったら」。話しのポイントだけをいくつか紹介してみよう。詩や、詩人の役割について貴重な示唆がありました。

1.朗読された詩をきいていて、命がキーワードだと思った。詩人は命をうたう職業だと思った
1.スハマさんの話しの中に、一般の人は詩を読まないということがあった。何故か。つまらないものを魅力的にして買わせるために、「詩っぽいもの」があふれている。詩に近い広告、キャッチコピー、宣伝、広告、歌・・・。毎日そういう詩を浴びせられている。中也が一生で聞いた宣伝を1日で聞いている。
1.今年の8月8日の原爆慰霊祭での総理大臣や各界の人のスピーチは「命」がすべてのスピーチのキーワードだった。「尊い命」。だれも反対できない。しかし尊い命が当時の日本にあったか。国のために死ぬことがが尊い命だったのだ。思考停止して言葉を表面的に使っているにすぎない。歪曲から言葉を取り戻し、対抗できるのは詩人だ。詩人は本質を伝えることができる。裏が取れなくても詩人は詩にできる。

懇親会では、いろいろな詩人のスピーチがあり、中四国詩人賞を受賞された岩﨑ゆきひろさんが詩を朗読されました。「宇宙にかかる木」は1941年に出版された詩集ですが、とても面白く読んだ記憶があります。その時のメモの一部です。「詩を読む楽しさや面白さがある。珍しい。余裕から生まれるユーモア、比喩、設定が奇抜で惹き付ける。目の前の風景や物語の背後に人には見えないものを見、人には聞こえないものを聞く。そこに深味が生まれ陰影が絵柄のように浮かび上がってくる。「風の強い日」のメモには、「散文詩がどれも面白くて暗示に富んでいる。人生が分かっている人という感じを受ける」
DSC06849(詩を朗読中の岩﨑さん。会長の秋吉さんの顔も見える)

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ビナードさんの隣に座ったので、いろいろ話しました。邑南町の田所へ招かれて行った話しをされたので、「そこはぼくが生まれたところです」というと、「いいところですね、とても楽しかった」と言っておられました。「そのうちお願いしたら島根へ来てもらえますか」というと、「喜んで」という言葉が返ってきました。実に気さくで、自然で何でも話せる気がする大きな心の詩人です。

山口のみなさん、お世話になりました。おつかれさまでした。

H27 15回中四国詩人賞 岩﨑ゆきひろ『風の強い日』

中四国詩人会ニューズレター38号が届きました。今年度は山口県湯田温泉で15回大会が開催されます。10月3日(土)西の雅常磐で13時から総会です。7月の理事会で中四国詩人賞の選考委員会が開かれ、発表されました。山口の大会で受賞式が行われます。ニューズレターから紹介します。
DSC06769受賞式では岩﨑さんの朗読もある予定です。まだ詩集を読んでいませんので感想は述べられませんが、森田薫選考委員長の評によれば、「破天荒ともいうべき、鋭い切口。独創的な味わいのある巧みな語りは、それまで胸底に押さえつけられたものを一気に開放するような気迫さえ感じる」と述べておられます。おめでとうございます。

山口の大会には島根の朗読代表ということになっていますので出席します。ちょうど観光シーズンでどこのホテルも満員。やっとこさで見つけたホテルは通常の倍額!湯田温泉は観光地なんだな、と改めて感心しました。

そういえば9月22日に松江で「しまね文芸フェスタ2015」を開催し、谷川俊太郎さんをお呼びしますが、4月の時点でほとんどのホテルが一杯。あるところへ頼み込んでやっとこさで確保しました。松江も観光地なんですね。

山口の次は鳥取の米子市で開催予定です。島根も協力してほしいといわれています。島根は大田市、松江市と2回開催しました。どのような協力が可能か検討しなければいけません。

H26 14回中四国詩人賞、御庄さん高田千壽さんへ

2014年の中四国詩人賞選考委員会が平成26年7月5日、岡山県国際センターで開かれ第14回詩人賞に御庄博実さんの詩集『川岸の道』(思潮社)と高田千壽さんの詩集『冬に』(本多企画)に決まりました。13詩集が対象でした。選考委員は川辺真、くにさだきみ、田尻文子、橋本果枝、扶川茂のみなさんでした。選考結果は午後の理事会に報告され承認されました。

受賞式は9月27日に尾道で開かれた総会で行われましたが、残念ながらすはまくんは「しまね文芸フェスタ2014」の前夜祭とぶつかり、出席できませんでした。中四国詩人会ニューズレター36号から二人の詩人を紹介します。

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御庄博実氏は、1925年3月5日山口県生まれ、〒731-0154広島市安佐南区上安1-21-51に在住。 岡山大学医学部卒業、広島共立病院名誉院長、日本現代詩人会員等、「火皿」等同人、中四国詩人会長2期4年。詩集に『岩国組曲』(文芸旬報)、『御庄博実詩集』(思潮社)等多数あり、他に石川逸子氏との合同詩集がある。

被爆地・広島から歴史の証言者として発信し続けてこられた御庄さんの詩魂が、東日本大震災による被災地の惨状や原発事故による放射能汚染の恐怖に共振して結実した作品など、重層的な告発の詩句がしっかりと立ち上がってくる詩集である」

この詩集をいただいたとき、礼状へこんなことを書きました。「~いつも変わらぬ冷静な科学者の目、そしてその奥に脈々と流れるヒューマンな心の温かさ、そして長いスパンで見通される歴史の目、心、知性・・・身を正しながら拝読させていただきました」

誠に誠に残念ながら、御庄先生は1月18日89歳で他界されました。昨年末にいただいた最後の詩集『燕の歌』をそのうちここで紹介します。

「高田千尋氏は、1948年3月15日倉敷市生まれ、〒712-8011倉敷市連島町連島983に在住。立命館大学卒業、前岡山県詩人会長、日本現代詩人会員、日本詩人クラブ会員等、「黄薔薇」等同人。詩集に『夕映えの川』(手帖舎)、『お母さんは二人』(青樹社)等多数ある。

視線が届く範囲のあらゆるものたちに心の声を掛けることで反射してくる、様々な生の不可思議や感動、悲しみを、慈愛の瞳と掌で受けとめた作品たちは互いに響き合い、魅力的な詩集となった」(以上ニューズレター36号より、選考委員長 川辺真)

高田千壽さんの「冬に」を贈っていただいて読んだとき、不思議な感覚に襲われました。そしてこんな事を書き添えました。「平田オリザさんの劇を『静かな劇』ということもありますが、この詩集の第一印象は『ああ、静かだな』ということです。人間が余分なことをしたり考えたりしなければ、在るものはすべて静かに存在しているのかも知れませんね。自己主張こそ存在意義-という時代にあって、高田さんの詩は、物足りない気はするものの、とても大きな主張をしている気がします。とても貴重です~」

二人の詩人の詩を読みたい人は次をどうぞ。さらに読みたい人は出版社か高田さんの場合は本人へ問い合わせてください。
14回中四国詩人賞 御庄・高田さんの詩

H25 中四国詩人賞、壷坂さん 木村さんへ(香川大会)

第13回中四国詩人会香川大会が10月5日、髙松市のリーガホテルゼストで開催されました。香川県は会員が少ないのでいろいろな面で大変だったとおもいますが、宮本光さんのご尽力により実現し成功裏におわりました。決算、予算、行事計画を了承し、中四国詩人賞の受賞式がありました。

DSC05002(山本会長から賞状を授与される壷坂さんと木村さん)

第13回中四国詩人賞は壷坂輝代さんの『三日箸』と木村太刀子さんの『ゆでたまごの木』でした。どちらの詩集も素晴らしく差をつけることができなかったようです。山本衛会長から賞状と副賞が授与されました。

選考委員長・岡隆夫さんの選評をニューズレター34号から引用します。

壷坂輝代詩集『三日箸』:
「つい見逃しがちな「箸」という日常茶飯の小さな素材をわれわれ日本人にとっては重要な生き様の基本として取りあげ、その様々な局面を風俗の面から、あるいは歴史的局面から掘り下げ、ひとつの特色ある文化の体系としてまとめている。その無駄のない凛とした詩行も多とすることができる」

壷坂さんの詩集は書棚にありますので紹介します。理知と感性のバランスがとれた完成度が高い詩です。詩人だけではなく一般の人が読んでも多いに感じるものがある詩集です。

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木村太刀子詩集『ゆでたまごの木』:
「一見奇異な発想に思われるが、戦後の貧しい体験に基づくものであり、そのなかにありながらも将来の夢につながるヴィジョンとして描かれていることがうかがえる。エッセイ誌の編集発行者でもある木村氏の詩行には、如何にすればより優れた詩行になりうるかという芸術的な意識が感じられる」

詩集は読んでいませんが、一篇だけ詩を読みました。散文詩でしたが遠くまで神経と感性が行き渡っていて読者を遠くまで連れていってくれます。フィクションもありますが、そのフィクションを埋める言葉の豊かさ感性の高さはには大いに感じ入りました。

「不運にも次点となった、くにさだきみ詩集『死の雲、水の国籍』は戦争の惨劇を大胆な比喩によって深く堀下げており、他に類を見ない。選考委員は今回も辛い選択を強いられたことを付言したい」

( 選考委員:小松弘愛、咲まりあ、蒼わたる、宮本光、岡隆夫。陪審として山本衛会長、萱野笛子事務局長、長谷川和美書記が参加)

三詩集共に個性と独自性があり、しかもレベルも高い詩集です。差をつけるのは難行だったことがよくわかります。

朗読は中川さん、牧野さん、渡辺さん、川辺さん、川野さん、秋吉さん、大森さん、鷲谷さん、吉川さんでした。山口の秋吉康さんは2012年12月に出版された『隣にいた人』から朗読されました。味わいのあるいい詩集です。

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講演の講師は宮崎市在住の南邦和さんで、「韓国の歴史風土と文学事情」。講演を聞いてとても勉強になりました。日本が支配し日本語を強制した暗黒時代の空白は今も根強く残っているという指摘には胸が痛んだ。韓国の事情にとても詳しく貴重な時間を過ごすことができました。声量があり、発声がとてもいいので、親睦会のとき、そのことをいうと、演劇などにも深く関わっておられるそうで、なーるほど、そうだったのか、と納得しました。

南邦和さん
翌日の文学ツアーは平賀源内の記念館、古代の山城などを訪ねました。源内のことは少しは知っていましたが、凄い人ですね。源平合戦で屋島の戦いが行われた場所を眺めましたが、当時の湾はかなり埋め立てられて住居地になっていました。空想だけだった屋島が具体的な風景として頭に残り、今後は大いに源平合戦の舞台背景として役にたつことでしょう。

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DSC05024 (屋島です。熊谷直実が若い平家の武者・敦盛の首を取った場所でもあります)

26年度の大会は広島県尾道市で、9月27日(土)に開催されます。会長は四万十の山本さんから、尾道の高垣憲正さんです。山本衛さん、おつかれさまでした。

DSC05017(この写真は平賀源内記念館の近くです。あまりにも海の色がきれいなのでパチリ!名所ではありませぬ)

9月28日には大田市で「しまね文芸フェスタ」が開催されます。ぼくが欠席して尾道へ行ったら顰蹙をかうことでしょう。アーサー ビナードさんの講演も聞きたいけど、残念でーす。

 

短詩「海のように」「つぎの一歩」

海のように                洲浜昌三

ひとつひとつ そのまま
受け入れていくんですね
海のように

かなしいことも
つらいことも

ひとつひとつ すなおに

おかあさん
あなたがそうしたように

つぎの一歩                  洲浜昌三

あの空の頂に立てば
新たな風景が眼下に広がるだろう

いつも頂上を目指して登ったが
今あの空へぼくの夢は届かない

足下に目を落とし
一歩だけを信じて
崩れた山道の瓦礫の上に
つぎの一歩を置く

(平成25年夏、川本高校普通科クラスの同窓会がありました。10年毎に実施していて、今年はは30年振りだった。幹事のオクノ君から、冊子をつくって配りたいので何か書いてください、と頼まれ文章とともに上記の短い詩を2編をメールで送りました。以前どこかに書いたものを短くしたものです。エピグラムに近い詩ですが、40歳を過ぎ、家庭でも社会でも会社でも様々な苦労を体験しているみなさんにはいいおくりものになったようです。

川本高校は現在は島根中央高校。名前が変わり新発足するとき校歌を頼まれて作詞しました。同窓会に集まった卒業生の子供たちが島根中央高校へ入学していて、入学式など校歌を聞きながらぼくのことを思い出しとてもうれしいと言っていました。30年もたつといろいろな巡り合わせがあるものです)