暗いとこ通って広野原 shouchan
三菱の重役のお屋敷でね
わたしも 三つ指をつき
あそばせ言葉で話しとったんよ
ぼくにはまったく記憶がないが
母が東京で女中奉公をしたとき
二歳のぼくも連れて行ったという
いまはやまなか いまははま
いまはてっきょう わたるぞと
煙を上げて東海道線を走る汽車の中で
流れてくる風景に合わせて母は歌ったという
おもうまもなく とんねるの
やみをとおって ひろのはら
真っ暗闇の世界へ突入する度に歌い
光が満ちあふれる広い緑の世界へ出る度に
「ほら ひろのはらよ」と言って歌ったのだろう
そのうちぼくは
「やみじゃない くらいところだ」といって譲らず
負けた母は
「くらいとことおってひろのはら] と変えて歌ったという
ベッドのそばに寝ころんで 遠い世界の童話を聞いているように
老いた母の言葉に耳を傾ける
何もかも溶けて遠くなっていく日
小石のように光る頑固さがなつかしい