2013年4月14日、リニューアルされた大田市民会館の中ホールで、島根県無形文化財に指定されている「益田糸操り人形」の公演がありました。
人形浄瑠璃は「手遣い、または三人遣い」「指人形」「糸操り」の三種を源流にするそうですが、「糸操り」(マリオネット)が最も少ないとか。高さ2メートルの天井に設けられた「歩み板」から10数本の糸で人形をつり下げた「手板」を動かして人形を操ります。太夫が三味線に合わせて節をつけて語り、人形はそれに合わせて動かされます。役に応じて人形の心を表現することが目標だそうです。
演目は「寿三番叟」「加賀見山旧錦絵」「傾城阿波の鳴門」「山本一流獅子の一曲」
太夫の語りが上手で、引き込まれましたが、人形は思ったより小さくて、後ろの方に座っていると人の頭が邪魔になりほとんど見えないのが残念でした。中-ホールのフロアーはフラットですから、舞台が高くないと人形も見えない。いい工夫はないものかな、と思いながら、後ろで立って見たりしましたが、後ろでは人形が小さくて遠い風景になり迫力がなくなります。移動式折りたたみ階段があればいいね。大森の交流センターには階段がありますけどね。置き場所がないしね。どうしましょう。
上の写真は公演終了後に許可を得て写したものです。下の写真は「歩み板」から人形を操っている写真です。人形の舞台は縦横奥行きともに、思ったより短く、舞台は小さい。劇場などで上演するものではなく、小さな芝居小屋で上演したものなのでしょう。
この益田の糸操り人形は明治20年頃、益田へ山本三之丞という人が持ち込んだそうです。彼は安政6年に山梨県大月市に生まれ、養子となり加藤を名乗り、浅草で人形芝居を興業していましたが、うまくいかず、関西へ下り、ここでもうまくいかず、大阪で知り合った益田出身の旧庄屋、斉藤善太郎を頼って益田へ来ました。当時は日本中どこでも浄瑠璃を語る人はいました。益田でも浄瑠璃愛好者集団があって、三之丞は義太夫などを教えたようです。
江戸の影響を保持した糸操り人形が益田に残っていることはとても貴重なことです。絶やさずつづけてほしいものです。