島根県立島根中央高校校歌「青春の日々ここに」

川本高校舎
写真は昭和54年に新築された川本高校校舎です。川本高校と邑智高校が合併して、平成19年4月から発足した島根中央高校の新入生はここで学んでいます。その校歌を紹介します。


href=”http://stagebox.sakura.ne.jp/wp-content/inportimg/img220_file.jpg”>川本全景
仙岩寺山(だったかな)から見下ろした川本の町です。江の川の流れの片隅にできた町だということがよく分かります。

校歌を依頼されたのは18年の6月頃です。僕が邑智郡田所の出身なので邑智郡には親しみがありますし、昭和54年4月から59年3月まで川高にいましたのでとても愛着があります。個性のあるすばらしい先生方が多く純朴な生徒たちとの学校生活はとても楽しい日々でした。

一つの詩想がうまれ最終的な言葉に結晶するまでには時間がかかります。公的な詞ですからなおさらです。作曲は米山道夫先生です。以前、大田市青年団の歌を頼まれて一緒に作ったことがあります。いま青年団はありや、なしや?
新聞島根中央開校式典<a

島根県立島根中央高等学校校歌

青春の日々ここに

  朝霧はれて 輝くみどり
大地の恵み 深く 尊く
        ああ青春の日々 ここに 
        夢よ 出会いよ
        語りあい 支えあい 
        ともに歩もう 瞳を高く  

山々を縫い はるかな海へ
江の川 悠々 流れてくだる
ああ青春の日々 ここに
汗よ 涙よ
競いあい 助けあい
ともに開こう 明日への扉

栄えあれ 豊かなれ 永遠に
われら郷土の島根中央高校 
                    (19、1,3)

6月5日に開校記念式典が行われるそうです。中央高校の生徒さんの心の励みになれば幸いです。
新聞島根中央開校式典

投稿者:

suhama

1940年、島根県邑智郡邑南町下亀谷生まれ・現在、大田市久利町行恒397在住・早稲田大学教育学部英語英文科卒・邇摩高校、川本高校、大田高校で演劇部を担当、ほぼ毎年創作脚本を執筆。県大会20回、中国大会10回出場(創作脚本賞3度受賞)主な作品「廃校式まで」「それぞれの夏」「母のおくりもの」「星空の卒業式」「僕たちの戦争」「峠の食堂」「また夏がきて」「琴の鳴る浜」「石見銀山旅日記」「吉川経家最後の手紙」「父の宝もの」など。 著作:「洲浜昌三脚本集」(門土社)、「劇作百花」(2,3巻門土社) 詩集「キャンパスの木陰へ」「ひばりよ大地で休め」など。 「邇摩高校60年誌」「川本高校70年誌」「人物しまね文学館」など共著 所属・役職など: 「石見詩人」同人、「島根文藝」会員、大田市演劇サークル劇研「空」代表、島根県文芸協会理事、大田市体育・公園・文化事業団理事、 全国高校演劇協議会顧問、日本劇作家協会会員、季刊「高校演劇」同人、日本詩人クラブ会員、中四国詩人会理事、島根県詩人連合理事長、大田市文化協会理事

「島根県立島根中央高校校歌「青春の日々ここに」」への1件のフィードバック

  1. 6月5日開校記念式典が川本の悠邑ふるさと会館で行われました。溝口知事はじめ県や学校の関係者や生徒など約400人が出席しました。
    校章の制作者、工藤和久さん(42)は青森県の出身で演劇もやっていたとか、一昨年青森の八戸の高校演劇全国大会へ講師で行っていたこともあり、畑澤聖悟さんの「修学旅行」や八戸北高の小寺先生のことなど話すとツーカーですぐに親しくなりました。彼は感謝状贈呈のとき前半は青森弁で話し、青森の民謡も歌いました。実に自由な面白い人です。
    校歌をブラスバンドが演奏し会場の生徒が歌いました。コーラス部が歌えば言葉がもっと生きてくるだろうな、と思いました。ブラスは舞台ですから音は目の前からよく聞こえますが、歌は後ろですからあまり聞こえませんでした。
    ブラスバンド部の田中先生(だったかな)がわざわざ挨拶に来られて、「休み時間にテープでながしているけど、生徒たちがついて歌ったりしています。野球部の生徒たちもこの歌が好きでよく歌っています。ありがとうございました」とのことでした。
    祝賀会では久しぶりにたくさんの人に出会いました。なつかしい人ばかりです。
    帰り際に一人の若い女先生が、ぼくを呼び止められました。
    「洲浜先生、松江南の演劇部にいた00です。英語の教員になってここへ来ています。」
    「そうですか!南のとき劇は何をやりましたか」
    「ケンジ先生です。」
    「ああ、ケンジ先生にでたんですか。今石見の演劇部は少なくなって残念ですけど、どこかで必ず演劇部をやってください。演劇はすばらしい人間教育の場ですか。」
    「はい。かならずいつかやりたいと思っています」
    「ケンジ先生」は大島宏美先生が南校で顧問だった時の劇で、とてもいい舞台でした。それぞれがしっかりと個性的な役を演じていました。2000年はぼくが退職した年で、松江地区の講師でもこの劇を観ましたし、県大会は野崎先生が講師でしたが、ぼくも劇を観ています。
    ○○先生は溌剌とし、輝くような笑顔の先生でした。その表情から演劇をやっていたことがわかります。
    ぜひ何時か演劇部の顧問になって島根の高校演劇に新風を吹き込んで下さい。
    島根の演劇の先生!放送部に取られてはいけません。高校の時演劇部だった卒業生が島根の高校教員になるなんて、10年に一度もないのですから。

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