H24 2/19 「川本の地芝居大会」観劇記

2012年2月19日、邑智郡川本町の悠邑ふるさと会館で「復活地芝居大会」が開催されました。邑南町高原の「星が丘一座」、美郷町の「吾郷青吾会」地元川本の「劇団かわもと孰」が3本の時代劇を熱演しました。劇の間には舞踊が華を添えました。一昨年(だったかな?)も終日観劇してブログで紹介しましたが、今回は写真を中心に紹介します。


前日から珍しく大田でも大雪。30㌢くらい積もりました。家の前の雪景色です。大田ではちょっと降ってもすぐに溶けますので30㌢も積もることは滅多にありません。

 中止にはなりませんでしたが、マイ ネイティヴ  ヴィレッジの「星が丘一座 」は残念ながら観劇できませんでした。雪の中をナカムラさんと昼頃川本へ行きました。

 吾郷青吾会の『へちまの花』は初演舞台だったそうです。劇団の名前は以前から聞いていましたが観るのは初めてです。ベテランが多く役者の呼吸もあっていて笑わせる場面は観客を笑わせ パシッと決める場面では熱演して大きな拍手を浴びました。涙を流した人もいたことでしょう。

 金持ちの大黒屋の女将がある村へ来た時、小屋で機を織っていた娘の後ろ姿を見て嫁にもらいたいと娘の兄に頼み婚礼の日にちまで決めてしまう。ところが娘は超ブス。婚礼の日が来たのに、あの手この手を使ってみんなで破談にしようとする。最後は、「人は顔じゃない心だ」というテーマへ落ち着くのだが、どんでん返しなどもうまく考えて作ってあり十分楽しめました。地芝居は義理人情話が中心ですが、現代では忘れられようとしている人間の絆や思いやりを描いています。ややもすると「古い」と片付けられてしまいがちですが日本人の原型があると言っても過言ではないでしょう。そういう伝統文化を継承している芝居だということを大切にしたいものです。

(終わってから一人ずつ挨拶される吾郷青吾会の演出と役者のみなさん。たのしくて感動のあるいい舞台でしたよ。おつかれさまでした)

終わった後で劇団の人と立ち話をしました。地芝居には活字にした台本はない場合が多いそうです。ストリーだけあって練習しながら座長とともにセリフを作っていくのだそうです。だからせっかく覚えても度々変更になるので大変だと言っておられました。観客を大切にし楽しんでもらうためにその土地その土地でセリフを変えたり、アドリブを入れたり工夫するそうです。 現代劇でもそういう作り方をする劇作家もいます。面白い作り方ですね。

たくさん踊りの舞台もありましたが、ひとつだけ紹介します。タビラくんは4歳だったかな。おひねりが舞台へ飛んできました。子どもは何をしてもかわいい!!決まっていましたよタビラくん!!

最後は劇団川本塾の『夏の別れ~川本の奇譚~』。川本の盆踊りの場面から劇は始まりました。それを見ながら川本の温湯城にいた小笠原氏と尼子氏が戦いをした時に起源がある踊りだということが語られます。

小笠原氏の若武者が、好きだった娘と料亭で酒を酌み交わし料理を食べて別れ、そのまま武者は帰って来なかった、という伝説が徐々に浮かび上がってきます。娘は姿を変えて今も待っています。

この創作劇の作・演出は堤 浩隆さんです。劇研空の「琴の鳴る浜」にも出ていただきました。劇研空の吉川さんと前田さんも出演して劇をリードしました。声もよく通りいい演技でした。

 地元の歴史を取り上げたて舞台化したのはとてもすばらしいことだったと思います。構成もよくできていたと思いますが、3つの恋いが絡んでいて焦点が拡大してわかりにくくなった気がします。「川本の盆踊り、娘と若武者の恋、幽霊になって今も待つ娘」。この太い線をしっかり押さえて創るともっと印象の強い佳品になったのではないかという気がしました。そうすれば最後の若武者の凛々しい姿がさらに際だったかも。

これは初演です。短期間でよくここまで完成されました。暗転が多すぎたので今後上演するときは音楽を使ったり明転にしたり工夫すると劇が引き締まるでしょう。みなさん、おつかれさまでした。

カツラは購入したそうです。財産が増えましたね。いつか時代劇をやるときには貸してくださーい。井戸平左衛門殿!

夕食のときニサイのアカリチャンが、ハッピバースデエィツーユーを歌ってくれましたがそれはこの川本の地芝居とはマッタクカンケイアリマセン。

 

 

 

 

 

 

H24 浜田「我が夢は波濤の彼方に」観劇記

2012年2月12日、浜田の石央文化ホールで第8回住民参加創作ミュージカル「我が夢は波濤の彼方に~八右衛門と三兵衛~」が上演されました。参加者120人以上、2時間30分、劇の中に合唱、ソロ、ダンス、朝鮮舞踊、吟詠、民謡など実に多彩な演出。迫力のある大がかりな舞台でした。昼の部は満員、夜の部も8割以上の入りで大成功でした。山陰中央新報石見版には「会場を埋めた来場者1500人が感動の舞台に酔いしれた」とあります。


原案・演出は岩町功先生、脚本は浜田出身のプロ、木島 恭氏、作曲は安藤由布樹氏、舞台デザインは広島出身のプロ、内山 勉氏(八戸市の全国大会で審査講師として一緒でした)音楽監督指揮はベテラン山崎 勝先生、振り付けもプロの矢上久留美さん、ダンサーもプロ、エレクトーンやパーカッションは瑞穂楽器の専門講師、照明は出雲文化企画・・・・プロや実力ではプロに匹敵する先生方(それで食べていないからアマチュア-扱いされるけど実力はプロ)がしっかり固めておられるので、舞台が安定し展開もスムーズでメリハリが利いた舞台でした。

曲と演奏がとても素晴らしく、緞帳が開く直前の演奏から一気にお客さんを劇の世界へ運んで行きました。エレクトーン2台とパーカッションだけですが山崎先生の素晴らしい指揮とともにとても素敵でした。


同じ題名で前回は平成11年に上演されましたがこの時の脚本とは構成がかなり違っていました。前回は出だしから八右衛門と三兵衛の処刑をシンボリックに演出して意表を衝きました。全体もシャープで歯切れがよく、彫りが深い芸術的にもレベルが高い作品でした。

今回は八右衛門の誕生から時代を追って描かれ、ラストの八右衛門と三兵衛の江戸小塚原での処刑へ進みました。時間も前回より長く、朝鮮の人たちが流れ着いてきた場面や交流場面、朝鮮舞踊、結婚式での長持唄、モダーンバレーなどお客さんを楽しませる色々な場面をたくさん取り入れてありました。そのために特に第一部では劇が平面的でもたもたした感じがしました。老人と現代の娘が最初から登場してストーリーを説明したり、舞台の下手で劇を見守っていたり、時には草履を履く手伝いをしたり、場面転換毎に2人が会話してストーリーや人物を説明しました。観客の理解を深めるためのサービスとして設定されたのでしょうが、時代劇の中に何度も現代の娘が出てくるとその度に劇の流れが切れ現実に引き戻されてしまいました。これはぼくの場合です。あの2人がいて劇が深まり分かりやすくてよかったという人ももちろんあるでしょう。

休憩を挟んで第二部では劇の流れに緊迫感があり役者の台詞にも迫力があって観客を引きつけました。解説の老人と娘が登場する余地はないほど最後まですき間のない引き締まった舞台で、あっという間にラストの処刑の場へ運ばれた感じです。いい劇というのはいつも「あっという間に終わった」感じがするものです。いい講演もそうです。それだけ集中しているということでしょう。
ぼくが知っている人も数名舞台へ立たれました。みなさん役をしっかり演じておられました。素人では「自分を演じる」のが精一杯ですが、余裕があり訓練された人は美事に「役を演じ」ます。「役になりきる」のは最低限必要なことですが、「役を演じる」には演じている自分を客観的に見ている自分の目が必要です。

三兵衛のウエダさんは昨年の地芝居も見ましたが今回は台詞も動きも甘さがなくなりとてもシャープでした。長台詞が何度もあったのですが、しっかり観客を引きつけていました。吟詠が素敵でした。林蔵のカワムラさんもきびきびした動きと歯切れのいいよく通る台詞が素敵でした。若々しい印象が今でも残っています。崋山のブンメイさんは初めて見ました。どんな台詞と演技か最初から、いつかいつか、と待っていたのですが第一声を聞いた時、やっぱり!と感銘を受けました。力を抜いた響きと明るさのある声!自然な抑揚とよくコントロールされたピッチ。場面から抜け出た感じでした。シカモリさんも久しぶりに演技を見ました。余裕のある自然さがいいですね。その他はぼくが直接には知らない人たちですが、みんな歌がうまくて役者揃いです。よくもこんなに揃ったもんですね。今まで築いて来られた浜田の歴史と伝統があるからでしょう。

(せめてカーテンコールだけでもと思い記念にパチリとしました。すみません。みなさんおつかれさまでした。素晴らしい舞台をありがとうございました)

一つ表現や演技で感じたことは、歌がうまく台詞の声が十分でも、演劇の表現(台詞、動作、表情など)を訓練して身につけていないと観客にその役の気持ちや考えが伝わりにくい、ということです。ある人物を演じても、最初から最後まで同じ内面しか伝わって来ない場合があるということです。このことは劇研「空」で上演した「琴の鳴る浜」でも痛切に味わいました。どんなにうまく演じても内面が伝わらなかったら人の心を打ちません。心をどうして伝えるか。日常生活でも子どもの教育でも接客でも大切です。そういう意味でも演劇や芸術は大切にしたいものです。(ナニガイイタイノダモウオワレハイ)

(この劇が始まる前からこのブログで「我が夢は~」のPR版のvisitors が増え、終わってから「浜田の地芝居大会」などの項目も一気にグラフを伸ばしました。いままで浜田の劇や本などを何回か過去に紹介しましたがほとんどグラフに頭を出したことがありませんでした。見る人はいなかったようです。今回はめずらしいことです)

2/19 川本で「地芝居大会」

2012年2月19日(日)川本町の「悠邑ふるさと会館」で地芝居大会が開かれます。劇3本と舞踊が披露されます。主催は「悠邑GENKIおこしの会」。伝統のある地元邑智郡の芝居と堤さんによる創作・演出の劇を楽しんでください。

チラシが手に入らなかったので、礼子さんに頼んでポスターをメールで送ってもらいましたので紹介します。前回の地芝居大会も観劇にいきましたが、今回は「空」のメンバー団体で(団体とは何人以上?)応援にいきます。昨春大田で上演した創作音楽劇「琴の鳴る浜」でお豊さんを演じた空の吉川礼子さんや旅の尼僧を演じて観客に深い感動を残した前田美佳さんも出演します。さらに地頭・重房を演じた堤浩隆さんは「劇団かわもと座」の代表で今回の劇・「夏の別れ」の作者、演出です。どんな劇か楽しみにしています。

邑南町高原の「星が丘一座」も美郷町の「吾郷青吾会」も地芝居では伝統があります。吾郷青吾会の劇を観るのは初めてです。楽しみです。悠邑ふるさと会館は4千人弱の小さな町にしては大きくて立派なホールです。(悠邑・・・多分邑智郡の邑なのでしょうが、わからない人には分からないでしょうね。発音もUとOUの連続なので唇を前へ突き出しすぐ引っ込ねばいけないから難しい。地芝居には関係無い!は、はい。)

昨夜(2/10)は浜田でミュージカル「夢は波濤の彼方に」が上演され、観劇に行ってきました。120人以上が参加し、6時30分にはじまり9時10分頃におわるという大がかりな劇でした。演奏や歌、ダンス、劇と実力のある人たちが揃い、迫力のある舞台でした。前回も観劇しましたが、同じ木島さんの脚本でも作り方がかなり違いました。そのうち紹介します。

おっとっと、忘れちゃいけない!昨日は大田のサンレディで子どもミュージカル「風花」の舞台を観てきました。23人(だったかな?)の子どもたちが講習の成果を十分以上に発揮して楽しませてくれました。短期間でよくあそこまで伸び伸びと舞台で演じられたものだと感心しました。そのうち紹介します。

H11 舞台評『我が夢は波濤の彼方に』

平成11年10月2日、浜田の石央文化ホールで『我が夢は波濤の彼方に』が上演されました。市民参加によるミュージカルでした。原案は浜田の岩町 功先生、脚本は浜田出身の木島 恭氏、とてもしっかりした舞台でした。平成24年2月12日に再演されます。初演の舞台評を頼まれて書きましたので、参考までに紹介します。

ブログ StageBox ・ 詩の散歩道

2011/10/26 このブログのどの項目がどれくらい読まれているか、週毎に集計されグラフになり、1か月毎の集計結果も表示されます。それは管理人にしか分かりませんが、最近おもしろいことに気がつきました。ある日ふと見ると大昔に書いた項目に一日で300以上も来訪者があったのです。なんで?なんで?なんでだろう?飛行機でどうぞ。

  有名人のブログなら多くの人が毎日の更新を待って読むのでしょうが、このブログはファンがいるわけでもありませんし、気が向いた時に書くだけです。劇研「空」のことが中心ですが、地域の芸術文化の情報も何かの役に立てばと考えてたまに書いています。特別おもしろいわけでもありませぬ。

ぼくが詩にも関係しているので管理人、修平さんに頼んで、「詩の散歩道」を別にたててもらいました。これは詩の評論や県内中心に詩集の紹介などをしていますが、詩の関係者は少数ですし、これまた読んでおもしろいわけでもありませぬ。何かの役に立てばいいと思って時々書き込んでいます。

集計によると毎日の来訪回数は普通30~100の間です。ところがたまにグラフが300回以上に飛び抜けることがあります。最近では高校演劇広島県大会の観劇記がそうでした。これは3ヶ月たった今でもコンスタントにヒットしています。高校演劇島根県大会や三刀屋高校全国大会へも一時グラフが伸び、その後もコンスタントにvisitorsがあります。びっくりしたのはずいぶん前に書いたの亀尾佳宏先生の劇「三月記」の劇評が急にヒットしたことです。県内のvisitorsではなく全国のvisitorsが検索して読むのでしょう。

 (さて、どこの庭園でしょう。分かるわけがない!でもパチリと正解した人は、スゴーイ!と大声で叫んでください。「お」で始まります)

最近ではこれも大昔に書いたのですが、「松本一直氏講演『吉永藩はこの地域の何を残したか』」が一日で200以上ヒットしました。理由は分かりませんが、日本のどこかで大田市河合吉永藩の講演があったか、または藩主の加藤氏について研究会でもあったのかも知れません。先週では「人物しまね文学館 佐藤洋二郎さん」がダントツ一日300以上でした。全国レベルの人の場合こういことはあるんですね。「安永稔和氏を迎えて-しまね文芸フェスタ2005-」も昔の記事ですが顔を出しました。

目立たない項目が顔を出して驚いたのは「『演劇と朗読を学ぶ会』・志々公民館で」の記事です。飯南町の志々公民館で講演したときの記事ですが、なぜこんなものが浮上したのか不思議でした。もしかしたら「演劇と朗読」で検索した人がたまたまここを開いたのかも知れません。久しぶりに「吉川経家と石見福光不言城の音楽劇のこと」が出てきたのでこれも意外でした。

項目ではなく、「StageBox」や「詩の散歩道」で訪ねて来る人はコンスタントにあります。どんな人が読んでいるのか考えてみると「検索」が一番多いのではないかと思います。ぼく自身定期的に読んでいるブログはありません。しかし調べたいときには大いに利用して助かります。そういう人が多いのでしょうね。ぼくの周辺でこのブログを読んでいる人は修平さんが第1、空のメンバーが数人たまに読む、子どもやカナイやシンセキで読む人なし。

というわけでこのブログの大昔の項目でも思わぬ時に役立っていることがわかり、少しは存在意義を感じた次第です。

2/12 ミュージカル『我が夢は波濤の彼方に』公演

2012年2月12日(日)浜田の石央文化ホールでミュージカル『我が夢は波濤の彼方に~八右衛門と三兵衛~』が上演されます。昼は13時から、夜は18時30分からです。この劇は数年前に初演されました。とてもいい舞台でした。届いたチラシを見る限り今回はさらにキャストやスタッフが豊富で重厚な舞台になりそうです。脚本は前回と同じ浜田出身のプロ・木島恭さん、原案・演出は岩町功先生。120人以上が参加する住民参加型のミュージカルです。地域でもこれだけのレベルの高い舞台ができるのか、と感動されるでしょう。どうぞ足を運んでください。

初演の時には依頼されて観劇記を山陰中央新報へ書きました。それはこのブログのどこかへあるはずです。(クリックすればすぐ読めるようにせよ!と言われてもどうすりゃいいのかわかりませぬドシロウト)

初演では舞台へ大きな船が登場しました。数年後に青森八戸市で高校演劇の全国大会があったとき中国地区から講師審査員として参加しましたが、プロの内山勉先生と話したとき(先生は広島出身)「浜田のミュージカルの舞台プランを頼まれて大きな船を造った」と言われて感動しました。思わぬ所で思わぬことがあるものです。内山先生は毎年年賀状に自分が作った舞台の写真を載せられますが、それがいつも実に素敵です。今回船が出るかどうか知りませんが、出たらあのざっくばらんな内山勉先生を思い出すことでしょう。「劇研空の装置プランをつくってもらえますか」といったら、いいですよ、とのこと。恐れ多くて頼んでいませんが、装置が素晴らしかったら劇の奥行きが出て多様な表現が可能になります。

2月5日にはYプロの『ケータイ・クローン』が雲南のチエリヴァシアターで14時から上演されます。まだチラシはありませんが19日には川本で演劇があります。わが劇研空の吉川礼子さんや前田美佳さん堤さんも出ます。これはどうしても行かないといけなせぬ。そのうちチラシが来たらここへ書きます。

以上、問い合わせの電話がありましたので紹介しました。

 

 

 

 

大田ミュージカルスクール参加者募集

「歌って踊って、舞台に立ってみたい方、プロが振り付け、演技指導を行います」と書いたチラシが大田市民会館の入口にありましたので紹介します。対象は小学校3~6年・中学生・高校生です。〆切は平成24年1月20日です。

子どもの精神的な成長にも大いに役立つこと間違いなしです。どうぞ参加して貴重な体験をしてみてください。指導者は「風花」を長い間指導しておられる三浦克也さんです。

H24 新年おめでとうございます

新たな年が扉を開きました。平成24年です。今年もよろしくお願いいたします。

(おだやかな正月です。大田のシンボル三瓶山です。シンガポールから大田へ来た少年が三瓶山を眺めています。初めて雪を見た時には大喜びしました。シンガポールでは雪とはどんなものか想像もできません。おとぎ話の世界です。みやげに友達へ持って帰りたいといっていました。三瓶山には今はもう少し積もっています)

昨年は3月13日の創作音楽劇『琴の鳴る浜』の再演(大田市民会館)と朗読用に手直しした音楽と朗読による『琴の鳴る浜』(旧馬路小学校体育館)が大きな公演でした。福波小学校全児童による『経家最後の手紙~石見福光不言城の子供たちへ~』の脚本書きと子供たちの4回の公演も貴重な取り組みでした。その様子は会報14号に掲載しています。希望者には送りますが、まだ送るべき人に数人送っていません。そのうち送ります。まず表紙だけでもどうぞ。

今年度の活動ですが、年末に浜田の石央ホールから10月に演劇フェスティヴァルをやりたいので出演して欲しいという依頼がきました。3月中に報告しなければいけません。昨年当初から定例会合で(中止もありますが修平さんと開いています)「経家最後の手紙」の「空ヴァージョン」をつくりたいという話しはでています。いいアイデアがあれば教えてください。

では今年もよろしくお願いします。

 

 

 

「風花」公演「学校ネズミのコンサート」

2011年12月4日、大田市民会館中ホールで大田市のジュニアミュージカル「風花」の「学校ネズミのコンサート」が上演され、成功裏に終わりました。原作は岡田淳・作「放課後の時間割」脚本・作詞は佐藤万里、作曲は川崎絵都夫、演出振付、三浦克也。15年前に第6回島根音楽祭大田公演として、キャスト、スタッフを公募して大々的に上演され好評を博しました。それをきっかけに風花は誕生しましたが、今回はその短縮版です。12名の子供たちと10人の大人が出演しましたが、伸び伸びと演じ楽しい公演となりました。

市民会館の大ホールは耐震工事で使用できないため中ホールで2回公演されました。ここには舞台も照明設備もありませんので、スタッフが総て準備しました。上と下にタワーが持ち込まれて照明器具が釣り込まれました。大変だったことでしょう。舞台は狭くなりましたが仕方がありません。120席くらいが精一杯ですが、2回公演で240人と新聞にはでていました。

 12人の風花の子供たちは舞台になれていて怖じけることなく楽しそうに歌い踊っていました。10人の大人もほとんどが舞台経験のある人たちばかりで堂々と演じていました。楽しそうに伸び伸びと演じている姿がとてもさわやかでした。舞台は狭いのですが演出はプロの三浦さん。さすがにうまく出入りや立ち位置や動きを処理しておられました。風花の保護者や15年前に出演した人も出ておられました。劇研空の田中さん、石橋君も楽しそうに歌い踊っていました。

帰りに出口で見送りをしていたイシバシネズミをパチリ!と写しました。風花の会長、神田真弓さんは、「風花15周年を記念し、お世話になった大田市への恩返しとして、’大田文化への更なる夢’を追い求め、この公演を企画しました」とパンフレットに書いておられました。芸術文化歴史が豊かな街では人も豊かに育ちます。風花が14年も続いているのは子供たちを豊かに育てたいという保護者の皆さんの熱意があったからです。

市民会館の耐震工事に当たっては数回の説明会があり、たくさん要望もだしました。その一つが「中ホールの充実」です。中ホールに移動式舞台を設置し、天井を高くしてシーリングバーやホリゾントを設置したら、色々な団体が気軽に使用できます。発表活動も活発になることでしょう。来年3月で中ホールも使用できなくなります。2年後には蘇った使い勝手のいい中ホールと体面したいものです。

12月7日の山陰中央新報に公演の様子が出ていましたので紹介させていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

三刀屋高演劇部最優秀全国大会へ!

速報!平成23年度の高校演劇中国大会は11月26,27日に尾道で開催されました。残念ながら用事があって観にいけませんでしたが、さきほどブンメイ先生から電話があり、三刀屋高校の『ヤマタノオロチ外伝』(亀尾佳宏作)が最優秀賞になったそうです。

みなさん、おつかれさまでした。おめでとうございます!!

 (写真は島根県大会で上演された時の三刀屋高校の舞台です。抽象舞台ですがそれぞれの装置が照明や音響効果により劇の場面場面で象徴的に鋭く生きてきました。観客の想像力をうまく搔き立て単調になりかねない劇に深みや広がりをつくりだしていました。)

もう一つ速報!

審査の結果第2位に相当する賞は安来高校の『修学旅行』(畑澤聖悟作)に決定したそうです。来春に仙台で行われる春の全国大会に出場するそうです。おめでとうございます。キンチャン先生、おつかれさまでした。ヒロミセンセイ、仙台行きをよろしく!

三刀屋高校の劇は県大会の講評でもいいましたが舞台作りのうまさは圧倒的でした。また安来高校も役者がとてもうまく演じていて楽しく観ました。島根が1,2とはすごいですね。

部員のみなさん、カメオさん、イシズさん、イトウさん、おつかれさまでした。そのうち詳しい様子を紹介します。