『その後の耳なし芳一』を楽しむ

2011年10月23日、松江の宍道湖しじみ館で劇団幻影舞台の『その後の耳なし芳一』が上演されました。結成30周年記念公演で、劇団を主宰する清原眞さんの作、演出です。観客を楽しませながらクライマックスでは圧倒的な迫力で迫ってくる力感あふれる舞台でした。

 緞帳が上がる前から張り出し舞台に琵琶が置かれ照明が当たっていました。劇を象徴していて効果的でした。

小泉八雲の『耳なし芳一』では芳一は耳を亡霊の武者にもぎ取られるのですが、有名になって高貴な人たちが琵琶の吟弾を聞きにきて、金品が贈られ裕福になります。そのあとどうなったのか、というのがこの創作劇です。

劇がはじまると杖の音と不規則な足音がつづき、芳市が琵琶を抱えて放浪しています。今は落ちぶれて物乞いをしています。そこへ旅の僧が来て話しかけます。回想場面になり、芳市は遊郭で酒を飲み芸をさせて派手に金をばらまいて得意絶頂です。男の裸踊りなどが次々披露されて、ここまでやるんかい、という感じです。美女の花魁が男だったという落ちまでついていました。楽しませようという場面なのでしょうが、この後の場面がぴしっと引き締まって迫力がありましたので、この場面が突出して記憶に残るということはありませんでしたが、やや違和感がありました。時代は平安末期に設定されていたとおもいますが、この場面は江戸仕立て。それも演出の計算の内だったのでしょうが。

 (暗転時に一枚写させていただきました。もちろんフラッシュなしで密かに)平家の武者が出てきて芳一に琵琶を弾かせようとする場面から舞台は引き締まってきてこの劇の世界を創っていきました。芳市は琵琶を弾かなかったので亡霊の武士から足を切り取られます。冒頭の杖と足音が結びついてきます。

ラストの場面では一場の旅の僧と芳一の場面にもどります。落ちぶれて琵琶も弾かず乞食となりはてた芳一へ、旅の僧が話しかけます。「お前には琵琶しかない。琵琶を弾け」といって励まし多額のお金を与えて立ち去ります。芳一は琵琶を弾き、緞帳が下ります。芳一は若い木村光佑さんが演じていました。しっかり語る時には発声や表現に力感がありました。実際に琵琶を弾いたらもっと迫力があったでしょう。(無茶をいうな。はい。)録音された琵琶の曲は難しい曲が多かったけどもっと間単な曲にして吟詠を入れてもよかったかも。(かってなことをいうな)

舞台装置もよく考えて作られ、雰囲気が十分出ていました。音響は場面によってちょっとちぐはぐな感じを受ける時がありました。和楽と洋楽を使う場合統一感を保のは難しい。僧や武士や寺男などベテランが舞台を引き締めていました。見応えのある劇でした。思うままに感想を書いてみました。

みなさん、おつかれさまでした。創立30周年、おめでとうございます。劇研空

 

投稿者:

suhama

1940年、島根県邑智郡邑南町下亀谷生まれ・現在、大田市久利町行恒397在住・早稲田大学教育学部英語英文科卒・邇摩高校、川本高校、大田高校で演劇部を担当、ほぼ毎年創作脚本を執筆。県大会20回、中国大会10回出場(創作脚本賞3度受賞)主な作品「廃校式まで」「それぞれの夏」「母のおくりもの」「星空の卒業式」「僕たちの戦争」「峠の食堂」「また夏がきて」「琴の鳴る浜」「石見銀山旅日記」「吉川経家最後の手紙」「父の宝もの」など。 著作:「洲浜昌三脚本集」(門土社)、「劇作百花」(2,3巻門土社) 詩集「キャンパスの木陰へ」「ひばりよ大地で休め」など。 「邇摩高校60年誌」「川本高校70年誌」「人物しまね文学館」など共著 所属・役職など: 「石見詩人」同人、「島根文藝」会員、大田市演劇サークル劇研「空」代表、島根県文芸協会理事、大田市体育・公園・文化事業団理事、 全国高校演劇協議会顧問、日本劇作家協会会員、季刊「高校演劇」同人、日本詩人クラブ会員、中四国詩人会理事、島根県詩人連合理事長、大田市文化協会理事

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