連載中の「人物しまね文学館」13回目に大田市出身の作家佐藤洋二郎さんが掲載されました。参考までに原文を紹介します。
佐藤洋二郎(大田市出身)
ー 島根を舞台に名作次々ー 洲浜昌三
現在、第一線で活躍中の実力派作家である。
一九九二年に出た最初の短編小説集『河口へ』から、今年刊行された長編小説『恋人』まで三十冊近い小説やエッセイ集などがあり、旺盛な作家活動を物語っている。
十六年前『河口』が出たとき、佐藤洋二郎は純文学の新しい騎手として注目を浴びた。新聞や雑誌に取り上げられて鮮やかなデビューを飾り、その年の野間文芸新人賞候補になった。翌年の長編小説『前へ、進め』も同賞候補だったが、二年後の一九九六年に小説集『夏至祭』で第十七回同賞を受賞し、力量のある新進小説家として世に出た。
佐藤の小説には強いモチーフと現実を掘り起こしたような荒削りなリアリティがあった。「この男の足許には、地方の風土があり生活があり現実があり、描き方に密度がある」と秋山駿は選評で述べている。
佐藤は四十代に入って作家活動をスタートさせたので「遅れてきた新人」などといわれた。
彼は一九四九年六月、福岡県遠賀郡で生まれた。炭坑関連の仕事に従事していた父が急逝し、弟や妹と母の故郷・大田市へ帰ってきた。大田中、大田高で学び、中央大学経済学部を卒業した。
小説家への夢は消えず同居していた妹が持っていた『三田文学』を見て、応募したり、同人誌にも書いたりしたが生活のために様々な仕事をした。
「作家を目指すなら、途中の職業は何でもいい、と考え、土木作業員、塾の教師、皿洗いなどなんでもやった」とインタビューで語っている。
「小説を書くのは最終的には人間観察だと思うのでいろんな体験が役に立った」とも語っている。
雌伏中に創作エネルギーを充電していた彼は、堰を切ったように力作を発表した。
一九九九年には『岬の蛍』で芸術選奨文部大臣新人賞。翌年の『猫の喪中』は芥川賞の候補。次の年には『イギリス山』で木山捷平文学賞を受賞した。
数多い作品をここで紹介するのは不可能だが、『河口へ』で特徴を述べると、舞台はビル建設ラッシュの江戸川河口の建設現場。流れてきた外国人も含め登場人物はすべて挫折や傷を抱えた労働者。その一人である一九歳の少年の目でバブル経済の底辺の吹きだまりのような飯場の生活が描かれる。文章はハードボイルド調で形容詞や感情を表す語はなく、男女が愛し合ってもその理由を述べたり心理分析などはしない。具体的に行動と動作だけが描写される。それは無慈悲で残酷な印象を読者に与える。
しかし倫理やヒューマニズムを説くよりも、突き放すことによって人物がひとり立ちし、リアリティのある人間像が浮かびあがる。飾りを削ぎ落としていった先に本質が見えてくる。そこに何を感じ何を見るか。作者は読者にすべて委ねる。
外国人も含め多様な人間が住み濃密な人間関係があった昭和の炭坑生活。酒飲みだったが、うそをつくな、弱い者いじめをするな、人の物を盗むな、と単純明快だった父。父を失い、三人の子を育て、急に明るくなった母…エッセイなどにも出てくる両親や炭坑…そこで吸収したものがこの作家の底に色濃く流れているように思う。
『沈黙の神々』は五千以上の神社を訪ねて書いた歴史の根源を探り当てようとする本で、冒頭に大田の「静之窟」が出てくる。感動的な青春小説の名作・『前へ、進め』や神話性を帯びた小説集『神名火』、悲しい人間関係を温かい眼差しで描いた長編『未完成の友情』など大田の地から生まれ周辺を舞台にした小説も多い。
現在は日大大学院芸術学研究科文芸学専攻教授、日本文芸家協会理事、文学賞の選考委員など多忙なかで執筆している。
多感な青春時代を過ごした島根には「自分の中に深く刻まれたものがあるので、それを一つ一つかさぶたを剥ぐかのように書いている」と対談で語ったことがある。
次ぎに何が出てくるか。楽しみである。
ー敬称略ー (島根県詩人連合理事長)
最近の掲載は次の通りです。
12・ 6 田淵久美子さん (高田頼昌さん執筆)
12・13 日和聡子さん(洲浜昌三)
12・20 松本侑子さん(小糠しのぶさん)
12・27 佐藤洋二郎さん(洲浜昌三)
1・10 平田俊子さん (日野雅之さん)
今後1年半にわたって60人以上の各分野の作家が紹介される予定です。地域の作家を地域の者が書く方針だそうなので洲浜の担当は終わりました。
事実を客観的に書き引用文で埋めれば4枚の原稿はそんなに苦労しませんが、作品やその作家の特徴、文学思潮の中での評価、時代とのかかわり、島根との関係、作品の評価などを書き込もうとすれば実に大変です。短時間ではいきません。作品を読むことはもちろんその評論などにも目を通さないと
独善的な文章になります。そうなったら命取りです。しかも現存している作家ですから、読んだ本人が「なんじゃこりゃ」と思われたら書かない方がその作家のためになります。
個人の責任で個人が思うことを書く文章と違うのでとても神経を使います。
佐藤さんには年末に原稿を送り、その後新聞のコピーも送りました。電話がありましたが、風邪声でした。大田で話をして欲しいという要望があり、近日中に行くかもしれないということでした。また全国にある主な離島は訪ねたそうです。日本の古い文化や生活の痕跡が残っているし、何よりも人の心が温かいのがうれしい、と話しておられました。
年末に昭和堂へ6冊注文しておきましたが、3冊しか手に入りませんでした。出版されたときすぐに買わないといけませんね。昨年出版された書き下ろし「恋人」は手に入ります。
佐藤さんの小説はハードボイル調で、人物の内面やその思いをほとんど描写されないので、男性中心の非情な小説に見えますが、人間を見る目は実に温かい。弱者への温かい眼差しが底を流れています。初期の作品よりだんだん固い棘がとれてきて熟してきた感じもします。
ますますの活躍を期待しています。
島根を舞台に本格的に書いている作家はそんなにいません。読んでいない人はぜひ一度読んでみてください。