今年は江津の総合市民センターを会場に開催。俳人協会理事の星野恒彦先生の講演では俳句の世界的な広がりについて
とても意義のある話が聞けました。
伝統や文化が違うので日本の俳句と外国の俳句は同じ基準では考えられないということです。日本の俳句から考えると
外国の俳句は鑑賞に耐えない。だからこの俳句は駄目だ、と考えたらいけない。
俳句という大きな木があって枝に日本の俳句、中国の漢俳、アメリカ、イギリスなどの「ハイク」があると考えているとあるアメリカ人は言ったそうです。日本の柔道と同じですね。外国のは柔道じゃないレスリングだ、などと非難していても、世界ではその柔道が主流になっていく。
アメリカでは小学校4年で俳句を書かせるそうです。例えばセンセイが、「夏という題で、夏という言葉を使わずに
2,3行の短い詩を書いてみましょう」などと言って児童に書かせるそうです。
日本では俳句は韻文だから高度で難しいといって小学校では6年で取り上げるそうです。
外国では若い人が俳句をつくり各国に俳句協会があって今後も盛んになることは間違いないようですが、日本の俳句人口は15000人、平均年齢は73、5歳(俳句協会の調査)だとか。
前日の歓迎会で星野先生に「ぼくは尾島庄太郎先生に英詩を習ったんですが」と話しかけると、「尾島先生は私の卒論の指導教授でした。外国でも英文学者、詩人として有名なのは尾島先生くらいです。先生の紹介でイギリスへ行ったとき大歓迎をうけました」と話され、尾島先生や早稲田の話しで話が弾みました。
先生の講演には英語の俳句の朗読もあり、とてもすばらしい発音とイントネーションで素敵でした。
外国のハイクでは次のことを重視するそうです。
1.簡潔 2.想像 3.説明しない 4.具体的なもので勝負する
午後は詩の分科会があり各自が作ってきた詩を朗読してお互いに合評しました。とても厳しい批評も交わされ改めて創作の厳しさを再認識しました。出席者は11人。松江からの参加者がなかったので例年になく少ない会でした。
来年は川柳が担当して9月13日(日)出雲市民会館で開催されます。
金築雨学さんがとても手回しよく一年も前に決定されました。
詩の分科会の一風景スナップです。