安水稔和氏を迎えてーしまね文芸フェスタ2005-

平成16年度の島根文芸フェスタは神戸の詩人安永稔和氏を講師に迎えて9月11日に県民会館で開催された。


安水稔和氏を迎えて
ーしまね文芸フェスタ2005ー      洲 浜 昌 三

 「島根県芸術文化祭」がスタートしたのは昭和43年である。平成11年に県当局の意向で「しまね文芸フェスタ」と名前を変えたため、「第37回…」と歴史を示すことができなくなったが、午前中講演、午後俳句、短歌、川柳、散文、詩の分科会というスタイルは当初のまま続いている。 
 各分野とも講師の選択には神経を使い力を注ぐ。この数年をさかのぼれば、難波利三、金子兜太、尾崎佐永子、入沢康夫、中村不二夫、鷹羽狩行、馬場あき子の各氏。この行事がなければまずお目にかかれない錚々たる人達である。
 今度は詩分野が担当で、講師に安水さんをお願いした。島根詩人連合総会では田村のり子さんが安水さんの著書を二十数冊持参、五十冊近くあるとのことで驚いた。
 事前に山陰中央新報に「言の葉のさやぐ国・詩人との再会楽しみ・言語表現の可能性探る」というタイトルで書いていただき、とてもタイムリーな寄稿・PRになった。

 「前夜祭」では各分野の会長や理事長、文化振興室長、詩人連合から田村、川辺、渡辺、洲浜など十三名が出席。旧知の田村さんと渡辺さんが安水さんを紹介。渡辺さんは、「安水さんと出会って狂ったような頭が治った」と三十年前からの関係をユーモラスに語り、川辺さんと僕が安水さんの詩を朗読した。

安永稔和氏と渡辺、田村、洲浜
 安水さんは1931年神戸市の生まれ。神戸大学文学部卒。「歴程」同人。「記憶めくり」で地球賞、「秋山抄」で丸山豊記念現代詩賞、「生きていること」で晩翠賞、「椿崎や見なんとて」で詩歌文学館賞、評論集「歌の行方ー菅江真澄追跡」など旺盛な執筆活動とともに詩集の受賞歴も華々しく、講演の名手としても評価が高い。
 そういう安水さんを目の前にしているのだから、単なる歓談ではもったいないと考え、幾分挑発的に安水さんへ質問してみた。
 「先生の詩を読んで、何故か突き刺さるものがなく頭上を素通りして行くのですが、詩の中の『私』をどう考えておられますか。」
 安水さんは熱を込めて話された。、ポイントだけを書くと次のようになる。
 「明治以降すべての文学芸術で『私』の追求がが主流になった。それは文学を矮小化した。15年前、『私』抜きに詩を書こうとしていた時、震災が起きた。その中で震災に関するすべてのことを入れて二千ページの本を書いた。多くの人が被害を受け苦しんでいるとき『私』など書けない。『私』と同時にすべての人が感じていることを書いた。共同体の意識が書かせた。」
 他の分野の人達も加わり白熱した議論になった。『私』の問題は俳句、短歌、川柳でも大問題なのである。

 次の日、現代詩の隘路について二人で歩きながら話していると、「現代を取ればいい」と言われた。現代詩の第一線に立つ詩人の中に、このような考えを持っている人がいることが嬉しかった。
 詩人はほとんど現代詩の「現代」に呪縛されて逃げることができない。逃げて書いたと
しても必ず「詩とは何か」という根本問題はつきまとってくる。「今」「現代」を抜きに詩は存在できない。同時にそのことが詩を細い路地へ追い込んでいるとも言える。実に難問である。

 9月11日の文芸フェスタは衆議院選挙とも重なった。小泉さんは争点を郵政民営化一本にしぼり反対する者は旧守派というレッテルを貼り、例によってマスコミもそれに同乗して「ホリエモン」などの派手なパフォーマンスを朝昼晩とテレビで垂れ流し、自民党が圧勝した選挙であった。選挙と重なったので、参加者が少ないのではないかと心配したが、例年並みの300人前後でほっとした。
 ぼくは文芸協会会長という役なので、開会の挨拶をし、田村のり子さんに講師を紹介してもらった。司会は川辺真さんが担当した。

 講演は「私たちに何が書けるかー言葉の記憶ー」という演題で、他分野の人達にも目配りが行き届いた具体的でしかも示唆に富んだものだった。印象に残った言葉を記してみる。
 「詩語には多層性、多義性、多重性が大切」
 「現代詩の現代という呪縛はそろそろ解かれると思う」
 「芽生えや初発の感覚に詩の原点がある」
 「詩は音楽とレトリックを同時に表現するもの」
 「私の思いをみんなで分かち合う。そこに文学の基本や効用があるのではないか」
 「何が書けるか。その中で何を書きたいかを常に問うこと」
 「言葉は記憶である。記憶は単なる過去のことではなく、現在にも未来にも蘇るものである」

 午後は各分野の分科会。詩の分野では安永さんも含め約20名ばかりが集まり、自作詩を朗読し、お互いに感想を述べあったりした。朗読したのは次の人たち。
 井上祐介、川辺真、雲嶋幸夫(東京から参加)、閤田真太郎、坂口簾、洲浜昌三、田村のり子、柳楽恒子、成田公一、肥後敏雄、平岡淳子、藤田昭、群上建、渡辺兼直。
 平岡さんは以前安永さんの詩集を読んで感動し、安永さんが講師で松江へ来られることを知って、はるばる東京から参加されたとのことで、感動的であった。
 朗読会は充実していて、あっという間に時間が過ぎた。従来にない参加者があり、盛会であった。
 
                        (これは「島根詩人連合会報59号」に若干加筆したものです) 

投稿者:

suhama

1940年、島根県邑智郡邑南町下亀谷生まれ・現在、大田市久利町行恒397在住・早稲田大学教育学部英語英文科卒・邇摩高校、川本高校、大田高校で演劇部を担当、ほぼ毎年創作脚本を執筆。県大会20回、中国大会10回出場(創作脚本賞3度受賞)主な作品「廃校式まで」「それぞれの夏」「母のおくりもの」「星空の卒業式」「僕たちの戦争」「峠の食堂」「また夏がきて」「琴の鳴る浜」「石見銀山旅日記」「吉川経家最後の手紙」「父の宝もの」など。 著作:「洲浜昌三脚本集」(門土社)、「劇作百花」(2,3巻門土社) 詩集「キャンパスの木陰へ」「ひばりよ大地で休め」など。 「邇摩高校60年誌」「川本高校70年誌」「人物しまね文学館」など共著 所属・役職など: 「石見詩人」同人、「島根文藝」会員、大田市演劇サークル劇研「空」代表、島根県文芸協会理事、大田市体育・公園・文化事業団理事、 全国高校演劇協議会顧問、日本劇作家協会会員、季刊「高校演劇」同人、日本詩人クラブ会員、中四国詩人会理事、島根県詩人連合理事長、大田市文化協会理事

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