琴が浜の鳴り砂へ案内

先日、山陰を訪ねたいと二人の女性が来られました。一人はシンガポールの大学で教えておられる女性、そしてその友人。出雲大社や須佐神社などをみて石見銀山へ案内。温泉津へ行く途中琴が浜へ寄ると、砂の上を歩いてとても喜んでおられました。

7月1日、海へ行きたいという声が上がり、子供,孫その親連中を引き連れて(ノーノー、連中に引き連れられて)琴が浜へ。いつ来ても晴れ晴れとする風景です。

一人の男性が、人が来る度に近寄って案内しておられました。あれが松浦さんかな、と何となく思っていました。帰り際に話していると、やっぱりカズトシさん!お互いにびっくりしたり感心したり。
H25 琴が浜

創作劇「琴の鳴る浜」を上演したとき、二度松江から見に来られて、ていねいな感想文をいただきました。馬路体育館で公演したときの感想文は会報に載せています。松浦さんには「馬路方言」の著書もあり、脚本を書く時にも参考にさせていただきました。

2,3年前、土、日には松江から帰り、ボランティアで案内している、と手紙に書いてありました。現在は馬路に移って案内し。手作りの冊子を渡しておられるのだそうです。

琴が浜に来られたお客さんの多くが、「いくら砂を蹴っても鳴らない」と言って不満そうに帰っていくのが残念で,悔しくて、案内を始めたのだそうです。陽が照りつける砂浜で長時間の案内は大変です。でも、こんな人がおられるんですね。有り難いことです。来られた人たちは熱心に説明を聞いておられました。

だんだん砂の汚染が進んで、陸に近い浜の砂は鳴らないそうです。来た人はそこの砂を蹴って、鳴らない!と不満を言い、失望するようです。
DSC_0398琴が浜の西端の鞆が浦の近くにある「鞆の銀蔵」で食事をしました。お客さんも9人ばかりあり、その上に一度に10人も入ったので、食事の準備が間に合わないとのこと。念願のボベ飯と味噌汁だけにしました。とてもとても美味しかった!大好評でした。

帰り際に「とても美味しかったです」とお礼を言いに行くと、台所から、「久しぶりです、あの時はお世話になりました」との言葉!

なんとなんと「琴の鳴る浜」の舞台へ出て、盆踊りを踊っていただいた方でした。今度行くときには予約していきます。大海原を眺めながら、コーヒーもいいですね。

 

 

 

投稿者:

suhama

1940年、島根県邑智郡邑南町下亀谷生まれ・現在、大田市久利町行恒397在住・早稲田大学教育学部英語英文科卒・邇摩高校、川本高校、大田高校で演劇部を担当、ほぼ毎年創作脚本を執筆。県大会20回、中国大会10回出場(創作脚本賞3度受賞)主な作品「廃校式まで」「それぞれの夏」「母のおくりもの」「星空の卒業式」「僕たちの戦争」「峠の食堂」「また夏がきて」「琴の鳴る浜」「石見銀山旅日記」「吉川経家最後の手紙」「父の宝もの」など。 著作:「洲浜昌三脚本集」(門土社)、「劇作百花」(2,3巻門土社) 詩集「キャンパスの木陰へ」「ひばりよ大地で休め」など。 「邇摩高校60年誌」「川本高校70年誌」「人物しまね文学館」など共著 所属・役職など: 「石見詩人」同人、「島根文藝」会員、大田市演劇サークル劇研「空」代表、島根県文芸協会理事、大田市体育・公園・文化事業団理事、 全国高校演劇協議会顧問、日本劇作家協会会員、季刊「高校演劇」同人、日本詩人クラブ会員、中四国詩人会理事、島根県詩人連合理事長、大田市文化協会理事

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