続「現代日本生活語詩集」紹介

続「現代日本生活語詩集」
 生活語とは方言のことです。北海道から沖縄まで121人の詩人がその土地の方言で詩を書いています。島根からは田村のり子さんが出雲弁、真田かずこさんと洲浜が石見弁で書いています。


 真田さんは今は滋賀県に住んでおられますが浜田の出身で個人誌「トンビ」を発行するなど意欲的に詩を発表しておられます。

 この277ページの詩集が刊行されたのは2007年11月。中国四国地方から27人が参加しています。前回の詩集が評判だったために続が発行されました。大田では昭和堂書店に置いてあります。

発行所は「澪標」大阪市中央区船越町1-6-2アズタビル403号

 次は「現代生活語・ロマン詩選」と題して10月ごろ発行予定だそうです。

 石見弁といっても大田、浜田、益田、瑞穂では違います。大田市内でも海岸部や山間部では違いがありますし、同じ海岸部でも波根や五十猛、温泉津では違いがあります。いま方言を正しく使って話せる人は高齢者しかいないと思います。高齢者がみな話せるかというとそうとも限りません。
本格的な石見弁が喋れる人の言葉を録音しておかないとあと数年したら話せる人は皆無になるかもしれません。

大衆から遊離して読まれなくなった詩ですが、意欲的な試みが行われているのは貴重です。
すはまは2作品発表していますが、その内の1作品を紹介しておきます。

花びらのように        洲 浜 昌 三

なんぼう 遺言だいうても 親子三人だけで葬式ぅすましてから 親元やら親戚ぃ知らせるたぁ どひょうしもなぁことぉしたのぅ
 
気の内が知れん ちゅぅて 意地ぅこく者やら すぐ東京へ悔みぃ 行かにゃいけん言う者やら 大騒ぎだことよ 何遍も腹ぁ切って はあ 切るとこがなかったげなのぅ

去年の夏 もどって来て 知り合いの家ぉ回っなぁ いとまごいだったんだ 言うて 皆んなしぁ 涙ぁ 流しよる そう言やぁ わしの前で 長い間 手を合わせとったよのぅ
 
小まぁ時から 心根が優しぅて 笑顔が絶えん子だったけぇわれが戻って来りゃ 恵比寿っさんが 家へ入って来た気がしことよ 
        
ベランダの薔薇ぁ 二人で 眺めとったちゅうが ひんごて濃ゆぅなって行く闇ぅ 見つめとったんよのぅ おらび声ぉ殺して

いっこくに 
笑顔だきょうを残して      
花びらのように越ようとして

 実際に声で喋るときには上の表記とはかなり違うところがでてきます。それは正確に字では表記できません。字には限界があります。そこが難しいところです。方言詩は朗読でないと成立しない。字ではたくさん失われてしまいます。

投稿者:

suhama

1940年、島根県邑智郡邑南町下亀谷生まれ・現在、大田市久利町行恒397在住・早稲田大学教育学部英語英文科卒・邇摩高校、川本高校、大田高校で演劇部を担当、ほぼ毎年創作脚本を執筆。県大会20回、中国大会10回出場(創作脚本賞3度受賞)主な作品「廃校式まで」「それぞれの夏」「母のおくりもの」「星空の卒業式」「僕たちの戦争」「峠の食堂」「また夏がきて」「琴の鳴る浜」「石見銀山旅日記」「吉川経家最後の手紙」「父の宝もの」など。 著作:「洲浜昌三脚本集」(門土社)、「劇作百花」(2,3巻門土社) 詩集「キャンパスの木陰へ」「ひばりよ大地で休め」など。 「邇摩高校60年誌」「川本高校70年誌」「人物しまね文学館」など共著 所属・役職など: 「石見詩人」同人、「島根文藝」会員、大田市演劇サークル劇研「空」代表、島根県文芸協会理事、大田市体育・公園・文化事業団理事、 全国高校演劇協議会顧問、日本劇作家協会会員、季刊「高校演劇」同人、日本詩人クラブ会員、中四国詩人会理事、島根県詩人連合理事長、大田市文化協会理事

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