井上嘉明詩集「地軸にむかって」書評

地軸にむかって

鳥取を代表する詩人井上嘉明氏の第9詩集です。16年10月17日山陰中央新報の書評欄に書いた文章。ここでは若干修正してあります。なお、この詩集は去る7月9日、岡山市で開かれた選考会で中四国詩人賞に選ばれています。10月1日(土)徳島県で開催される第5回中四国詩人会大会で授賞式が行われます。


鮮やかな飛翔と着地
井上嘉明著 詩集『地軸にむかって』書評
                        洲浜昌三

 良い詩に出会った時、予期しない世界へ連れ出され、不思議な感覚を味わうことがある。それは感覚の拡散や開放だったり、逆に一点への帰納的な凝縮の場合もある。
著者の第八詩集『地軸へむかって』を読んで、見えない地軸へ収斂されていく感覚を覚え、詩の醍醐味を味わった。
 この詩集には『後方の椅子』以降七年間に書かれた二十八編の詩が収録されている。それぞれの詩は、井上詩の特徴でもある詩の輪郭が明確である。それは言葉への信頼と明晰な思考が根底にあるからだろう。また詩に過重な負担を負わせず、必然性のある具体を素材に、洗練された感性と知的燃焼を通過して生まれた的確で造型深い詩語が作品を起立させているからでもある。          どの詩も日常の事物の平明な描写から始まる。次に思わぬ方向へ展開する。終連でバネの効いた見事な飛翔。この鮮やかなジャンプに井上詩の真髄がある。読む者の意識がゆす振られる。不意に生や死の淵を見る。思わず収斂された普遍に出会う。剥ぎ取られた本質をみる。時に美しい叙情が香り立つ。時にさわやかなカタリシスがある。 「ラケット」という詩を引用してみよう。

指というからには
胎生のはじめ
骨の小さな やわらかい筋のようなものが
五本つくられる
と思うのが当たり前だろう

ところが人の手は
ピンポンのラケット型の肉のかたまりが
はじまりだというのだ
それに四本の切り込みをいれて
五本の指がつくられる

カミよ
切り込みなど つけることはなかったのだ
ラケットのままでよい
そうすれば
銃の引き金に触れるたくらみを知らずに
済んだはずだ
指がなくなったって
火をおこすくらいできる
ラケットで
相手をはり倒しても知れたもの

五本の指をもったことの報いとして
人は いつも殺気だっている
何も持たないことが
罪であるかのようだ
わずかな 待つあいだに
襲われそうな気がして

ありふれた五本の指は、想像力のジャンプで異次元の抽象へ着地する。思わず身が引き締まる。思いは日本や世界の現実にまで広がっていく。        難解な言葉はなくどの詩も、質素な立ち姿である。しかし素材も言葉も詩法も濃密な思考の森で浄化されて、端整な姿になったのである。
                  (洲浜昌三 日本詩人クラブ会員)

注:新聞紙上では字数の制限があり、詩は省略して掲載したがここでは全文載せた。井上さんの初期の作品には実存哲学的な思考が濃厚で、人間の意識の底へ深く思考や直感の錘(おもり)を垂れ、無意識の世界まで探ろうとした作品が多く大変感銘を受けことがある。(そのことは以前に井上さんに話したことがある。今回の詩集の題名を見た時、思わず若い頃の詩のことを思った)最近の作品にもその傾向はあるが、以前ほどの難解さはなくわかりやすい。書評では、「ジャンプ」という言葉で表現したが、ほとんどの作品はこの「ジャンプ」が命である。読者が予想した高さだったり、読者のすぐ近くが着地点の場合は、詩の衝撃力は弱くなり、ありふれた感慨に終わっている場合もある。ある意味では「起承転」の骨格を持っていて(結はもちろんない。それは読者の側にある)そのために輪郭が鮮明だとも言えるし、井上さんの思考があいまいではないということもあると思う。読んで爽やかな味が残るのは、どの詩も自己に誠実に対峙して生まれているからに違いない。

投稿者:

suhama

1940年、島根県邑智郡邑南町下亀谷生まれ・現在、大田市久利町行恒397在住・早稲田大学教育学部英語英文科卒・邇摩高校、川本高校、大田高校で演劇部を担当、ほぼ毎年創作脚本を執筆。県大会20回、中国大会10回出場(創作脚本賞3度受賞)主な作品「廃校式まで」「それぞれの夏」「母のおくりもの」「星空の卒業式」「僕たちの戦争」「峠の食堂」「また夏がきて」「琴の鳴る浜」「石見銀山旅日記」「吉川経家最後の手紙」「父の宝もの」など。 著作:「洲浜昌三脚本集」(門土社)、「劇作百花」(2,3巻門土社) 詩集「キャンパスの木陰へ」「ひばりよ大地で休め」など。 「邇摩高校60年誌」「川本高校70年誌」「人物しまね文学館」など共著 所属・役職など: 「石見詩人」同人、「島根文藝」会員、大田市演劇サークル劇研「空」代表、島根県文芸協会理事、大田市体育・公園・文化事業団理事、 全国高校演劇協議会顧問、日本劇作家協会会員、季刊「高校演劇」同人、日本詩人クラブ会員、中四国詩人会理事、島根県詩人連合理事長、大田市文化協会理事

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